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◇ ◇ ◇
パチ、と目を覚ます。
いつもと同じ部屋にいつもと同じベッド。ニューイと二人で買ったダブルのベッドは部屋の面積をなかなかに占める。広い。ふかふか。まだぬくい。薄情者め。
普段は寝起きのいい九蔵だが、爆睡した日はぐでぐでに寝ぼける。
夜勤明けハッスルと体を酷使した朝はスッキリお目覚めとは言い難く、九蔵ムシはベッドの中で二転三転転がった。
寒いし眠い。動きたくない。
なのにどこに行ったんだ? せっかくの朝にケチがついたじゃないか。
ユノ式アラームもかけていないので今が何時かもわからないが、部屋の明るさ的に休日の起床時間としては早すぎるだろう。
ゴロン、と仰向けに寝転がって眠気まなこをグリグリ擦る。
それからキッチンにエプロン装備の大きな背中を見つけて、九蔵の眠気がフワフワ吹き飛んだ。
「むっふ〜んふんふふ〜ん」
我が家のゴキゲンな悪魔様である。
背中からもうイケメンだった。
なんのメロディかわからない鼻歌をむふむふ奏でるニューイにぷっと吹き出すと、九蔵の目覚めに気がついたニューイがキッチンからスキップでやってきた。
「おはよう、私の眠り姫。キミの目覚めを祝福するために今日も朝日が昇ったようだが、キミを照らすスポットライトにはいささか物足りないね。主役が輝きすぎている!」
「おはようさん、ニューイ。寝起きの男につける代名詞とは思えない安定のモーニングジャブをありがとう」
「全て本心なのだよ!」
ニッコニコのエプロン姿で鼻歌よりスムーズに褒め称えるニューイの習性を、九蔵はうんはいありがとうと流す。
実際は毎朝ハートが蜂の巣だ。
眠気なんか吹き飛ぶわい。
のっそり起き上がって今日の朝ごはんはなにかと尋ねると、ニューイは九蔵の唇にチュ、とキスをしてからにへら〜と破顔した。そういうところだぞ機関銃。
「むふふ、聞いて驚くぞ。今朝はエッグベネディクトなのであるっ」
「へ? これまたえらい凝ったの朝からチャレンジして……なんかありましたっけ」
イベントやら記念日やらなんやらを忘れがちな九蔵は、内心ヒェと焦る。
するとニューイはノンノンと首を横に振り、九蔵をヒョイと抱き上げた。
「おわっ」
「昨日のバスタイムで、九蔵は白い入浴剤を入れただろう? 白い入浴剤はスウィートルームの入浴剤なのだよ。となると、朝食はエッグベネディクトでないとね!」
「あ、あ〜……っ!」
ドヤッ! とキメ顔のニューイの腕の中で、九蔵はうひ〜っと悶えた。
いやだってスウィートルームって。
確かにニューイがバラをまいて九蔵がエッグベネディクトを作ってと、お遊び的におうちスウィートごっこはしていたが。
でも昨日はそんなつもりじゃなかった。
そう言えば、昨日ニューイはバラの花びらを撒いていた気がする。
なんで撒くんだろう? とは思ったが、それだけバスタイムが嬉しいのかと思っていただけだ。
だってそんなつもりじゃなかったから。
だから九蔵は眠りこけていた。
で、ニューイは料理が下手だ。
けれど九蔵が起きなかったから、エッグベネディクトはなかった。
エッグベネディクトがないスウィートごっこはスウィートごっこじゃない。
なので作っている。
悪魔様が。ドヤ顔で。鼻歌交じりに。
「むっふん。うちにイングリッシュマフィンがなかったので、ちゃんとひとっ飛びしてスーパーマーケットで買ってきたぞ」
「えぇ……っ? ぇぇぇ……っ」
「しかしせっかくだからタマゴはいいタマゴを使おうと思ってね……! デビルマーケットで良さそうなタマゴをチョイスしてきたのである! どうだい? ワクワクだろう?」
ワクワクというか、ドキドキというか、キュンキュンというか、とにかく頭の中も胸の中も血管だってやかましい。
耳まで赤いだろう顔を片手で隠し、プルプル震えて静かに悶絶する。
全身が沸騰しそうに熱かった。
そういうことをされるとたまらなくなる。
胸の奥のもっと深く。
魂とやらがやかましいのだ。クソ、勝手に騒ぎやがって。
人生全て投げ出すなかなか大きな決断なんだぞ。そう簡単にホイと出すものか。
永遠の時なんて生きたことがないから恐ろしいし、この先ずーっと人間には危険な世界で過ごすのはたいへんだ。
居心地のいいバイト先を失うし、家族も友人たちも必ず先に亡くなる。考えただけで悲しい。嫌だ。絶望だ。なるべくなら誰よりも先に召されたい。不健康バンザイ!
ほら、結構シリアス問題じゃないか。
そうだそうだ。コロっといくな。
そもそもこういうことは人間も悪魔も関係なく、老若男女悩みに悩んでブルーやらピンクになりつつ決めることだろう?
だからそう、ええと、つまりバカな自分になにが言いたいかと言うと──
決して誇らしげな笑顔一つで。
浮かれたセリフ一つで。
ズレた花畑思考一つで。
「は〜……結婚してぇ〜……っ」
「む? なにか言ったかい?」
「いや」
──百八本のバラの花束を跪いて差し出してやろうか、なーんて気分になんかなったりするもんじゃない! ということなのだ。
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