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第1話

 日曜日に何か予定はあるか。この一言で、彼に過度な期待を抱かせてしまったようだ。 「全然ないけど。え、何。どっか行く?」  聞き方を間違えた、と思った。普段はどちらかと言えば表情に乏しい彼が、目を輝かせて俺の返事を待つ。そんなに期待されると困る。俺の用意している回答は、きっと彼の欲しがっている答えとは違うのだから。 「課題とか大丈夫? 忙しくない?」 「今日明日中に終わらせとく」  退路もあっさりと閉ざされてしまった。もったいつけた分、余計に期待を大きくしてしまったかもしれない。 「午後からヤろうっていうお誘いだったんだけど。もちろん、サクラくんが良ければだけど」  ああ、そういうことかと、サッと光が消えた瞳が物語っていた。 「別にいいけど」 「だって、バレンタイン当日の街中なんてどこ行ってもカップルだらけでしょ。どこ行っても絶対混んでるよ」 「俺は賑やかな雰囲気も好きだけどね」  人混みが嫌いで極力家で過ごしたい俺と、賑やかで煌びやかなものを好む彼。歳とは7つ離れており、社会人と学生という立場の違いもある。話題も生活リズムもなかなか合わせずらい。食の好みは近いと思う。娯楽についても、完全に一致することは少ないが好みの傾向はなんとなく似ており、苦なく受け入れられることが多い。一番深い繋がりは、性癖における利害の一致。交際を開始してから1年以上、たまの喧嘩はあれど順調に付き合いは続いている。  2月14日、日曜日の午後。首輪を付けた彼が、俺の目の前で服を脱いだ。全裸になった彼に目隠しを付け、手錠をかける。首輪のDリングには、首輪と同じ黒い革のリードを付けた。フックがちゃんと引っ掛かっているか確認するためにリードを引っ張ると、彼が前に足を踏み出した。ふらついたのか、来いまたは歩けの指示と勘違いしたのかはわからない。とっさに抱き止めると、脱色されて傷んだ髪からふわっといい匂いがした。風呂上り独特の匂いなのは間違いないが、シャンプーやボディソープの匂いとも違うような気がする。その香りはいつまでも鼻に残るようなものではなく、一瞬香ってすぐに消えてしまった。風呂上りの彼の身体はしっとりしていて温かかった。骨太の骨格に程よく肉が付いた若い身体を抱き寄せる。この温もりも、一瞬匂った香りも俺の為に準備されたものだと思うと愛おしくてたまらない気持ちになった。彼の入浴直後の、石鹸と体臭が交じった清潔感のある匂いが大好きだった。 「おいで」  リードを短く持ち直して引っ張ると、おとなしく俺の後ろを付いてきた。リビングから廊下に出て、寝室へ。家が複雑な作りになっているわけでもなく、足元に障害物が転がっているわけでもなく。何度も目隠しをされ、手綱を引かれて通った道だから彼の足の運びには迷いがなかった。  寝室のドアを閉めると、後ろから抱きつき首筋にキスをした。 「うわっ!」  突然のことに、彼は声を上げて身をくの字に曲げた。 「抵抗してもいいよ。その方が燃えるから」 「変態! ッあ」  下腹部に手を伸ばし、性器を握ると彼がビクンと喉を反らす。 「可愛いね、サクラくん」 「やッ、やめ……ンンッ」  性器を刺激しながら彼の顎をとらえ、首筋に舌を這わせる。当然甘い味などはしなくて、強いて言えば微かに鼻腔に石鹸の苦い匂いが残る。 「はぁ、はぁ、あ、あぁ……」  視界を塞がれて平衡感覚を失っている上に、後ろから抱きつかれて体重のかけ方がわからなくなってしまったのかもしれない。だんだんと彼の身体から力が抜けていき、床に白濁液をぶちまける頃にはべったりと座り込んでしまった。すぐ目の前には、ベッドがある。 「サクラくん、たまには床でしようか」 「はぁ!? 冗談でしょ」  大声を上げる彼の後頭部を捕らえて床に押し付けようとすると、観念したように彼が自分から冷たい床の上に蹲った。彼の背中に手を乗せて、それを支えに上半身を伸ばしてベッドの宮に置いてあった温感ジェルとゴムを取った。  たっぷりとジェルをてのひらに出し、入念に彼の肛門のふちをなぞる。肛門が開閉を繰り返し、次第に腰が揺れ始める。 「な、にしてるの? 挿れるならさっさとして」  悪態をついているものの、上ずった声と息苦しそうな呼吸から彼が興奮しているのがわかる。溶けてドロドロになっているジェルが絡みつく中指を彼のナカに挿入すると、う、と彼が苦しそうな呻き声を上げて指を締め付けた。それでもジェルのおかげでスルスルと指は中へ入っていく。根本まで入ったところで、指を曲げて肉壁を擦る。 「うぅ! くッ、ふぅ」 「もうちょっと力抜ける?」  ふっと、一瞬彼の身体から力が抜けた。またすぐに指を締め付けられるが、力を抜こうとしていることは伝わってくる。 「そう。いい子」  ジェルの受け皿にしていた手を彼の腹の下に潜り込ませ、性器を握った。達したばかりだというのに、もう硬さを取り戻している。 「あ!? いいッ!! もうそっちは触らなくていい!!」  ぐちゅぐちゅと音を立てて性器を扱く。ジェルのおかげで手が滑って絞りやすい。犬がマウントをとるように彼の後ろで膝立ちになり、生殖器を刺激しながら2本目の指を入れた。床結構痛いね、と声を掛けたが、彼はそれどころではないようだ。頭は床についたまま、腰が徐々に上がってきた。まるで挿れてくださいと言っているようだ。  彼のナカから3本の指を抜き、ジェルと体液でドロドロになった手を服の裾で乱暴に拭った。ズボンと下着を途中まで下ろし、勃起してカウパー液を垂らしている性器にゴムを装着する。彼は高く腰を上げたまま、息を荒くしてじっとしている。彼の腰を掴み、ぽっかりと口を開ける孔に挿入した。 「あああああっ」  ビクビクと身体を震わせ、腰をしならせながら彼が悲鳴に似た声を上げる。 「あっ、あ゛っ、ん゛んっ、う゛」  彼の身体を前後に小さく揺すると、揺れに合わせて小さく呻き声を上げた。されるがまま、身体が強張っている様子もなく気持ちいいんだなと思う。片手を離してスマートフォンを起動し、カメラを立ち上げて録画を開始しているが、この様子では録画開始の音に気付いていないだろう。彼が少しずつ上半身を起こして四つん這いになった。 「町田さ……奥まで突いて」  焦らした甲斐があるというものだ。浅いところを責めて、根を上げるのを待っていた。服は自ら率先して脱ぐし、隠語を強要すれば渋々といった具合で口にする。彼は何でも割り切ったように生きていて、恥じらいがないというか、悪い言い方をすると可愛げがない。羞恥心に欠けている彼だから何を言ってもあまり驚かないが、彼の方からお願いごとをすることは稀だ。しかもエッチなお願いごとだから、俺の期待以上だ。  スマートフォンは床に置いた。液晶の画面は真っ暗になって、音のみを拾っている。揺れ動いていた彼の腰を強く掴みなおし、腰を引いて思い切り打ち付けた。 「あ゛」  全身を強張らせ、ゴム越しに俺の性器を締め付ける。 「あ゛ッ、あ゛ッ、あ゛ッ、あ゛ッ」  休みなく腰を引いては力任せに彼の臀部に打ち付けた。上半身が崩れてきたら尻を叩く。それが気付剤の役割を果たし、尻を打たれるたびに体勢を立て直していた。強く叩いたつもりはなかったが、何度か叩くうちに右側の臀部はほんのりと赤くなっていた。  彼のナカでゴムの中に吐精すると、すぐに性器を抜いた。羽織っていた薄手の上着を脱いで彼の背中にかけてやり、その場で中途半端に脱いでいたズボンと下着を脱ぎ捨てた。彼の身体は、内側こそは熱を持っていたが表面の皮膚はすっかり冷たくなっている。スマートフォンを拾ってベッドへ移動する。 「町田さん?」  彼が不安そうな声を出し、目隠しをされたまま周りを見回す動作をする。 「ん? ラクにしてていいよ」  付けていたゴムを外し、新しいものに付け替える。その間彼は裸体を隠そうともせず冷たい床に座り込んで天井を見上げていた。ベッドに座って大きく足を広げ、かがんで床に落ちている彼に繋がるリードを拾った。 「そのまま這っておいで」  軽くリードを引っ張ると、引っ張られた方へ、言われた通りに腕の力だけで移動してきた。後ろからではわからなかったが、唾液やら精液やらローションやらでだいぶ床が汚れていた。彼自身が雑巾になり、這うことで汚れを塗り広げたような形となったが、見なかったことにする。 「サクラくん、フェラチオできる?」  足の間に蹲る彼の首からリードを外す。返事をする代わりに俺を見上げ、口を大きく開けて応えた。彼の後頭部に手を添え、下腹部に誘導する。彼はためらわずに性器を口に含み、舌を使って丁寧に奉仕を始めた。 「ん、上手。いい子だね」  頭を撫でると、手に擦り寄ってきた。犬みたいに涎を垂らし、奉仕を忘れて全身を俺の手に委ねてくる。 「続けて」  片手で性器の根元を持ち、彼の頭を撫でた手で彼の頭を下腹部に押し付け、深く咥えさせた。 「うぷ、グッ」  喉の奥が、性器を締め付けたのが分かった。手を離すと、彼は素早く身体を引いた。軽く咳き込むと、すぐに舌を性器に這わせた。 「本当にいい子だね、サクラくん」  懸命に奉仕する彼の頭を撫でた。今度は中断されることなく奉仕が続けられる。  最初は怖くてイマラチオなどさせられなかった。フェラチオについても、テクニックは求めていなくてプレイの一環として真似事をしてくれれば十分だと思っていた。ところが彼は意外と真面目で、ネットで調べてイメージトレーニングをしていたらしい。相手に奉仕することよりも自分で気持ち良くなる方向に活路を見出したようで、今では俺のモノを咥えながら自ら腰を揺らして自慰をする変態に成り下がっている。明らかに上達はしていて俺も気持ち良くなれるのだから決して悪いことではないが、従わせているつもりでいて逆に身体を利用されているのだから、微妙な気持ちになっているのは否めない。  下肢を好きにさせて、宮に置いておいた箱に手を伸ばした。包装紙が綺麗に剥がせず力任せに紙を破いていると、彼が口を離して何、と聞いた。頭上でビリビリ紙を破く音がしていれば、気になるのは当然だ。何でもないと答えるには無理があるし、口を開けて待っているように指示をした。 「チョコ?」  ようやく箱が開き、ひとつ摘まんで彼の口の前まで持ってきたばかりだ。単語を発した唇に、チョコレートを押し込んだ。 「よくわかったね」 「だって、今日バレンタインだし日中から町田さんがヤりたがるなんて珍しいから。それにしても、よくこんなエロ漫画みたいなことしようと思うよね。最近そういうの読んだ?」  咀嚼しながら彼が言う。もうひとつ勧めると、彼が口を開いた。手前から2番目のハート型のホワイトチョコを彼の口に押し込む。どうして余計なことを言うのだろうと思いながらもあまり腹が立たないのは、出掛けたかっただろうに文句を言わなかった分、今皮肉を言っているのだと思うと可愛く思えることと、何よりも自分の希望より俺の意見を優先してくれたことを評価しているからだ。 「サクラくん、そのまま真っ直ぐベッドに上がって」  一旦ベッドに上がり、ひとり分隣にずれて彼に進路を譲る。両手を拘束された状態で彼は器用に肘で身体を起こし、ベッドの上に上がった。 「そこで頭は右にして仰向けになって」  彼は指示通りに、頭を右に寝かせ仰向けになる。彼を跨ぎ、手首に触れるとビクリと手を動かした。手首を捕まえて、手首と手首の間を繋ぐ短い鎖を外す。その代わりに、腕を頭上に伸ばさせてベッドの足に繋いでおいた鎖にそれぞれ繋ぎなおした。これで彼は、ベッドに繋がれて腕は頭上から下ろせなくなった。 「町田さん……怒ったの? 何か喋って」  彼が恐る恐る声を発する。目隠しは本当に便利だ。何も喋らないで少し強めに手を引っ張るだけで彼が勝手に俺が怒っていると思い込む。少し不愉快だったことは確かだ。  膝の下を持って大きく足を開かせ、グッと前方に押し倒す。彼の腰が少し浮いて恥部が丸見えになる。ジェルが残っている穴に、彼が舐めて大きくした性器をねじ込む。 「あ!!」  ビクンと大きく彼の身体が跳ねる。 「やだ! ごめ、なさ、ごめんなさい!!」  謝られながらするのも悪くはないが、涙声になってきて可哀想な気持ちになってくる。 「別に最初から怒ってないよ」 「は?」  開いた口に、3つ目のチョコレートを放り込む。 「君が勝手に勘違いしてただけ」 「は、ちょっと、あ……ッあ!」  ゆっくり咀嚼する時間を与えず、チョコレートを放り込んだらすぐに彼の身体を揺さぶった。キスをすると、まだ彼の口の中に溶けかけたチョコレートが残っていた。 「甘いね」  声を掛けると、何故か彼は顔を反らし思い出したかのように咀嚼をしてチョコレートを飲み込んだ。4つめのチョコレートを口に含み、彼に正面を向かせる。口移しでチョコを食べさせ、互いの舌と熱で溶かしあう。5つのチョコレートを食べ切るのに、1時間を要した。  その後は散々だった。身体を酷使した後で床の掃除と、寝具の洗濯をしなければならない。シーツにチョコレートのシミが見受けられるが、果たしてこれは洗濯で落ちるものなのだろうか。いつもはさっさと風呂に行く彼が、今日は少し寝ると言って枕を抱き込んで布団にくるまってしまった。無理をさせてしまった身としては、無理矢理布団を剥がすのは忍びない。  あれから2時間ほど経っただろうか。簡単に染み抜きをしたら色はだいぶ落ちた気がする。乾燥機の時間もあるから、不本意ながら彼を起こすことにした。彼は声を掛けられるとあっさりと身体を起こし、風呂場へと消えていった。  ジャージに着替えた彼が、リビングに姿を現した。テーブルの上を見て目を丸くする。 「なんか今日豪華じゃん」  彼が寝ている間に、デパ地下へ行って惣菜を買っておいた。彼の機嫌が悪くなっていることを想定してのご機嫌取りだ、ということは口が裂けても言えない。デパ地下で惣菜を買ってきたことだけを伝えると、俺も行きたかった、声掛けてよ、と文句を言われた。 「デザートにガトーショコラ買ってきたよ」 「もうチョコレートはいいや」  反応通りの答えに小さく笑う。違いない。彼ならそう言うと思った。

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