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プロローグ : 4

 プリントを使った授業が進む中、冬総はふと、自分のスマホにメッセージが届いていると気付いた。 『ばすのりたい』  メッセージの送り主は……後ろの席に座っている、秋在だ。  授業どころか学校すら関係しない考えごとをするくらい、秋在にとっては退屈な授業だったのだろう。  それでもカタカナや漢字に変換することすら億劫に思ってしまった秋在に対し、冬総はすぐさまメッセージを返す。 『どこに行きたいんだ?』 『うみ』  秋在からはすぐに、ポンポンとメッセージが送られる。 『にんぎょ』 『ほね』  単語だけだが、冬総には言いたいことがなんとなく分かった。 『人魚の骨を海で探したいってことか?』 『なくした』  そしてまた、ポンポンとメッセージが送られてくる。 『あさ』 『なくした』  どうやら秋在は今朝、人魚の骨をどこかで失くしてしまったらしい。  秋在が人魚の骨を所持していた事実自体が驚きそのものだが、そのことに対する疑問はこのやり取りの正答ではない。 『昨日の宇宙人にでも盗られたワケ?』  こうして、秋在が好みそうな要素で返信をすることこそが正答。  なかなかいい返事ができたと、冬総は内心でドヤ顔を浮かべる。  しかし……。 『ちがう』  秋在の返事は、素っ気無いものだった。  今日は宇宙人の気分ではないのかと、冬総はドヤ顔を披露していたはずの内心で、困惑する。わざわざ説明するでもなく、冬総は大いにスベッたのだ。  これでは、海以前に秋在の機嫌を損ねてしまうかもしれない。いつだって秋在の一番でいたい冬総として、この流れは非常に良くないのだ。  宇宙人が駄目なら、どうしたものか。秋在が【人魚】を引き合いに出すのなら、それに似た童話じみた名称を打ち込んでみるべきかもしれない。  などと、冬総が次の返事に悩んでいる間にも、秋在からはメッセージが送られてきた。 『おとした』  尚更、冬総は困惑する。『なくした』のに『おとした』と言われたのだ。ピンとこなくて当然だろう。  秋在は、校内でも有名な変人だ。  そうと知っていながら、冬総は秋在と付き合っている。  しかし、冬総は決して秋在と同じ思考回路を持っているわけではない。  失くしたのと落としたのは、同意語なのか。それとも別の意味を持っているのかが、冬総には分からなかった。  しかし、それでも。 「センセ、スミマセン」  冬総はそう言いながら、ゆっくりと手を上げる。  気だるそうに手を上げる明るい金髪頭の生徒に、教師は視線を向けた。 「体調が悪いんで、早退してもいいッスか。……春晴も、さっきから体調悪いみたいなんで、一緒に」  ──可愛い恋人が『海に行きたい』と言っている。なら、その理由はなんだっていいだろう。  どう見ても、冬総と秋在は体調不良ではない。この教室にいる全員が、そう思っている。  だが……。 「はい、分かりました。二人とも、帰りは気をつけて」  ──全身で校則違反をしている男と、校内一の変人と噂されている男。  そんな二人をわざわざ引き止めようとする物好きな教師は、この教室にいなかった。

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