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強請る三夜

「紫音」 いつものように例の場所で愛しい人の名前を呼ぶ。 どこからか風が吹き、もう驚くこともなくなった現れる細い道。 が、今夜はその道が待てど暮せど現れない。 「紫音?しおーん、しおーーーん」 自動販売機の灯りだけが猫の鳴き真似をするかのような斎藤をじっと見守っていた。 しょんぼりと肩を落とした男をマスターが鼻で笑う。 「謎の店の店主を落とした男とは思えませんね」 「落としてない。まだ途中だって」 「あぁ、そうでしたね、あなただけがまんまと落とされたんでしたね」 くっくっと楽しそうに笑うマスターを横目に斎藤は大きくため息を吐いた。 一緒に朝を迎えてから金曜日だけではなく、仕事が落ち着いてさえいれば紫音の元を訪れていた斎藤。 名前を呼べばいつもあの道が現れ、また来たんですかと憎まれ口を叩きながらも、抱き締めキスをすれば素直に身を預ける紫音に益々夢中になっていった。 それが今夜あの道が現れなかった。 あの店で今夜誰が導かれているのか。 紫音と何をして、どんな時間を過ごすのか。 考えただけで落ち着かない。 落ち着かないどころか、締め殺される夢を見たように嫌な汗が出てくる。 落としてなどいない。 俺が落とされただけだ。

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