1 / 1
第1話
喧騒。EDMが床を揺らして、ネオンが光る。そこにいるのは、出会いを求めて集まる男たち。
頭の中を空っぽにして、リズムに合わせて体を揺らす。日常の煩わしさから切り離されたここは天国。
そこら中で密着し絡み合う男たちの間をすり抜けて、僕は奥にあるカウンターに向かう。
「翔さん、いつもの下さい。」
このクラブの常連である僕は、バーテンダーの翔さんとも仲良しだ。
「はいはい。…あ、今日は1人だね?」
「全然良い人見つからなくて。」
「…こんな所来てないで、早く外で良い人見つけなよ。」
「…なんでそんな事言うんですかー。ここが1番ですよ。」
お酒を受け取りながら笑顔を向けると、小さく肩を竦めて翔さんは次のお客さんの接客に移った。
まともな恋愛をして良かった思い出なんて一つもない。好きだの愛してるだの、そんなの学生の可愛い恋愛ごっこ。結局こっちが愛しても、別に本気じゃなかったと捨てられるのがオチだ。
だったら、もっと簡単に生きれば良い。目が合ったら、肌に触れて。相性が良くても悪くても、熱を放ったらその場でさようなら。
誰の迷惑にもならないし、お互いに気持ち良ければ良いんだからウィンウィンだと思う。
「あれ、」
ぼんやりしていると、カウンターの奥で料理を作っている男の人が目に入る。あんな人居たっけ、最近働き始めた人かな。料理をする横顔は綺麗で、制服から覗く腕が男らしい。
あ。
ふと顔を上げたその人と目が合って、お酒を飲んでいた手が止まる。
「ねえ、一緒に飲んでも良いかな?」
どのくらい目が合っていたか分からない。ふいに横から誰かに声をかけられて、僕は視線をその人に移す。
…まあ、悪くはないか。
今日はこの人と過ごそう、そう決めて、僕はその人に笑いかけた。
「ん…」
「ね、外出ようよ。」
「…いえ、僕もう少し飲んでいきます。」
名前も知らない男から離れて、口を拭う。下手くそ。顔はタイプだったのに、残念。
中途半端に高められた熱を持て余しながらカウンターに行き、何杯目か分からないお酒を煽る。
「今日、ちょっと飲みすぎじゃない?」
目の前に水の入ったグラスが置かれる。声がした方を見上げると、大和さんが立っていた。
初めて大和さんを見た日から数ヶ月。キッチンの他に、時々前でお酒も作る大和さんと、少しずつ話すようになって知ったこと。
僕より2歳年上、趣味は筋トレ。
日中はフリーランスのエンジニア。
音楽に関わる夢を諦めきれず、ここでも働きながら貯金中。
シフトが終わったのかTシャツ姿になった大和さんは、僕の隣に座ってお酒を飲む。
「良い人見つからなかったの?」
「顔は良かったんですけどねー。」
「……なあ、余計なお世話かもだけどさ、こんな所来てないで、もっと大切にしてくれる人、見つけた方が良いよ。」
よく聞くその綺麗な言葉に思わず笑ってしまう。貴方もそんなことを言うのか。
「…可笑しい?」
「ふふ、ねえ大和さん。愛なんて幻想ですよ。本気になったら、傷つくだけです。」
納得していない様子の彼に、僕はうっかり過去の男の話をしてしまう。やっぱり、飲みすぎたかも。
「とにかく、僕にはそういうの向いてないし、必要ないんです。」
「…お前のこと捨てるなんて、その男たちは馬鹿だな。」
「え、」
思わず大和さんを見ると、しっかりと目が合う。その瞳からは何を考えてるのか窺えない。
「…大和さんってゲイなの?」
「さあ。」
「…口説いてるつもり?」
「…さあ。」
そう言って大和さんは僕から視線を逸らし、お酒を飲む。
他に今日を過ごす人もいないし、目の前にある彼の唇は魅惑的だし。
燻る熱のままに僕は距離を詰める。
Tシャツから覗く首筋に口づけ、大和さんともう一度目を合わせる。その瞳に、今度は微かな熱を見つけて僕は意思を持って指を絡めた。
いつものホテル。部屋に入ってすぐ大和さんの唇に吸いつき、お酒の味がする舌を絡めて唾液を飲み込む。
Tシャツを脱がせながらベッドまで辿り着くと、その引き締まった体に跨る。この体にこれから抱かれることを想像して、ぐんと体温が上がっていくようだ。
先程からされるがままの大和さんに気分が良くなって、首筋を舐めながらゆっくり自分のシャツのボタンを外して誘う。
「はぁっ…、ね、触って…」
大和さんの手を取って、顕になった胸に持っていく。指で摘まれて引っ張られて、僕は熱くなる下半身をわざとらしく大和さんのに擦りつける。
「ぁ…ん、」
暫くそうしていると頬に手を当てられ、そのまま唇に引き寄せられた。厭らしい水音と吐息が、部屋に響く。
「…ね、もういい?」
息を吸う間に大和さんが呟く。言葉の意味を理解するよりも早く体が反転して、あっという間に組み敷かれる。
「散々煽ったの、そっちだからね。」
「ふふ、…ねえ大和さん、気持ち良いことしよ?」
主導権を握った彼の欲に濡れた瞳を見て、僕は彼を引き寄せた。
「ぁんっ…や、っあ、だめっ…!」
大和さんの肉棒が僕の中を貫いて、肌がぶつかる音とシーツが擦れる音ばかり大きく聞こえる。
うつ伏せになっていた僕の腕を引っ張って更に繋がりを深めてくるから、僕は声を抑えることが出来ない。
「あっ…ぁ、まって、それだめっ…」
「駄目なの?」
「あっ、やっ…気持ちいいからぁ!」
気持ち良すぎる。こんなにセックスが上手だったなんて。これまでたくさんの男とシてきたけど、こんなに気持ち良いのは初めてで、さっきから何も考えられない。
腰を持ち上げられて今度は四つん這いになると、項に大和さんの熱い息がかかる。早急に後ろも前も刺激を与えられて、また視界が霞んでくる。
「あっ…イく、…んぁ、…イっちゃ、!」
何度目か分からない射精をして、僕はベッドに沈み込む。あらゆる体液で濡れたシーツが気持ち悪い。大和さんのが抜かれても震えが止まらなくて、必死に呼吸を整える。
「はぁっ…、気持ち良すぎ…。…大和さん、絶対男はじめてじゃないですよね?」
「…そうだね。」
「やっぱり。その感じ、両刀ですか?…ふふ、貴方だって愛とか言えないじゃないですか。」
クラブで大和さんが僕に言ってきた言葉を思い出して笑う。やっぱり簡単に生きるのが1番だ。
何度もイった疲労感から動けずにいると、程なくしてまたゴムの封を破る音が聞こえてくるから、僕は慌てて声を出す。
「待って、僕もうムリっ……あぁ!!」
黙っていた大和さんは、僕の片足を持ち上げて一気に中に入ってくる。
「あっ…も、むりぃ…っ」
良いところに彼のが当たるから、僕はまた腰を揺らしてしまう。
でも、なぜだか大和さんは一向に動かなくて、不思議に思った僕は声をかける。
「…大和さん、?」
「……でも俺、お前のこと愛せると思う。」
「え、…何ですか、急に、」
「…初めてお前のこと見た時、そう思ったんだ。」
カウンターに座るお前と目が合った時、大和さんはそう続けて僕の頬を撫でる。
「ずっと、そう思ってたよ。」
「…何言ってるんですか。僕、そういうの要らないから…っん!」
話終わる前に大和さんと唇が重なる。さっきまでの早急な雰囲気が消えて、彼から伝わる熱がやけに優しい。
唇が離れると、大和さんと至近距離で目が合う。指が絡まると、目を合わせたまま大和さんが動き出す。
「あ…っ」
視線を合わせたまま、僕は自分の気持ちが分からなくなっているのを感じていた。
この気持ちは何?好きだとか愛してるだとか、行為中に言われることなんて、別に珍しいことじゃないのに。彼の熱や視線が、自分の中の何かを揺さぶる。
あの日、大和さんと目が合ったあの時、確かに僕の中で時が止まった。それが何かなんて分からないけど。
「あっ…はぁっ大和さん、」
僕、この人に愛してほしいって思ってる…?
一瞬でも頭をよぎった考えに動揺する。そんなの、傷つくだけなのに。
どうしようもなく怖くなって縋りつく先は、僕をこんな風にさせている張本人で。
「あっ、んぁ、大和、さん…ぁっ、!」
「はぁっ、…ん、 悠、」
僕の名前を呼ぶ声が耳元で聞こえて、僕は大和さんのを強く締め付けながら熱を放った。
頭がぼーっとしてどうしようもなく眠たくて、大和さんが僕にキスを落としたところで意識が途絶えた。
「ん…」
眠りから覚めると、カーテンから差し込む光でもう朝だと知る。僕はまだぼんやりする意識の中で、僕のことを見つめている大和さんを見つける。
「おはよう。」
「…おはようございます。…部屋、先に出て良かったのに…。」
普段男とホテルに来たら、勝手に各々出ていくのが暗黙のルール。だから、自分が目覚めるのを待っている人が居るという状況に困惑する。
「朝ごはん食べて帰ろうよ。」
「なんで、そんな…」
「俺の気持ち、伝えただろ?…もうクラブはやめて、外で会おうよ。」
「……、」
昨夜のことを思い出して、彼の顔を見る。優しい眼差しに勘違いしそうになる、…期待しそうになる。
…もう一度、僕も誰かを愛すことが出来るだろうか。信じてみても良いのだろうか、目の前のこの人を。
「ほら、行こう。」
もう随分長いこと、深いところで揺蕩ってきた。貴方は、そんな僕を引き上げてくれるの?
貴方の瞳に見える光を、愛かもしれないと信じた僕は、差し出された手に自分のそれを重ねた。
ともだちにシェアしよう!