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終話

* * 「で、やっと上手くいったんだ」  営業時間外の善次郎の店の中。  カウンターに座る俺の隣に、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた夏樹が座った。 「しかし、あの子に円が一目惚れとはねぇ」 「いいんだよ、アイツの良さは俺だけが知ってれば。でも、善次郎には感謝だな。あのフリがなきゃ、今頃他の奴に賢太を取られてた」 「バカねぇ、あの子はそんなに倍率高くないわよ」 「……はぁ?」 「「怖っ!!」」  カウンターの中と隣で、自分の肩を抱き震える男たちを尻目に、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。  昨日、ひと月前に出会い一目惚れした青年と再会を果たし、ついに付き合えることになった。  出会った瞬間は一ミリも興味が無かったのに、言葉を交わした途端、あの強気で負けず嫌いな性格と、そして誰よりも純粋なその心と瞳に俺は落ちた。  生まれて初めて、好みとかけ離れた相手を渇望し、誰にも渡したくないと独占欲に染まった。これも立派な一目惚れだろう。 「ところで、昨日の今日でこんなとこに居ていいわけ?」 「お前らにお礼言ってくるって、ちゃんと言って出てきた。自分もついて行くって言い張ってたけど」 「なぁに、それなら連れてこればよかったじゃな……」  そこまで言ってから、ハッとした善次郎が『いい! 何も言わなくていい!』と叫んだ。 「立ち上がれないから来られないんだよ」 「言わなくて良いって言っただろぉ!」  善次郎が男に戻る。 「円がそこまでヤるなんて珍しいな。あの子、そんなに具合が良いの?」  悪びれることなく下世話なことを聞いてくる夏樹は悪くない。今まで、そういう関係を結んできたから。 「アイツが凄いわけじゃない。アイツだから俺が興奮するだけで」 「なにそれ、どういうこと? ねえ、今度俺にも」 「ダメだッ!! 悪いけど、アイツは共有できる相手じゃない。これから先ずっと、俺もアイツだけしか要らないし、アイツにも俺しか与えるつもりはない」  夏樹が驚いた顔をした。 「本気で惚れてんだ?」 「だからそう言っただろ」 「いや、まだ冗談かなんかかと思ってさ」  面白そうに笑って、煙草に火をつける夏樹を見ながら、自分でもらしくないと思った。  今まで、自分のこの容姿のおかげで、そういった相手に苦労をしたことは一度もなかった。  少々好みが偏っていることで獲物が圧倒的に少ないという難点はあったが、夏樹と情報交換をしつつ獲物を共有することで、狩りは上手くいっていた。快楽だけを追う関係は軽薄ではあるが、そこに不満はない。  だから賢太を一目見た時、その小柄で平凡な見た目は全く俺の目にとまることはなかった。 『アンタさ、上手いとか嘘なんじゃないの? 厄介ごととか言って、本当は自信が無いんだろ。もしかして、小さい……とか? あははっ! 確かに善次郎さんの方がデカそうだし、上手そうだもんな!』  言われた言葉にまず、頭にくるよりも先に驚いた。自惚れと言われても仕方ないが、俺に媚びる奴はいても、こんな風に俺に嫌われても仕方のない煽りをしてくる奴なんていなかったから。  勝手に言ってろ、と一蹴するのは簡単だった。でも、そうしなかったのは。  睨みつけた俺の目を見て、怒らせることができたとあまりに嬉しそうに笑うから。その笑顔が、まるで子供のように純粋で。  気付けば、背を向けて去ろうとする賢太の腕を掴んでいた。 『待ちなよ、おチビちゃん』  あの時、あの瞬間。賢太を捕まえた自分を褒めてやりたい。  誰でもいいから抱いてくれ、めちゃくちゃにしてくれと叫んだ青年の体は、組み敷けばあまりに純粋無垢で美しくて。  怖い怖いと泣く顔が可愛くて、それでも快楽に呑まれ喘ぐ姿が愛おしいと思った。自分と同じような体格の男が好みだと言いながら、自分の腕にすっぽりと収まるその小柄な体に、いままで感じたことのない安堵を抱いた。  初めて快感の大波に攫われ溺れたその時、しっかりと俺の手を掴んだあの子の手を、絶対に離してはいけないと思った。   「アイツ、俺の連絡先のメモを洗濯しやがって」  夏樹が声を上げて笑う。 「みんな円と寝た後は、そこら中、それこそ自分の穴の中まで連絡先を探すのにね」 「ほんと下品ね、夏樹ちゃんは」 「だってマジなんだよー?」  自分に自信のない賢太は、まさか俺が連絡先を残して行くと思わなかったらしい。  そこは確実に口で伝えることをしなかった、肝心なところでヘタレた俺の失敗だ。 「それにしても円、連絡来ないってかなりへこんでたけど、もしかして番号以外になんか書いてたの?」  これだから、頭の回る奴は嫌なんだ。  俺は大きな溜め息を吐くと、独り言のように呟いた。 「言わない。墓場まで持っていくつもりだからな」 「なにそれ、すっごい気になるんだけどぉ!」 「賢太くん、持ってないのかな」 「ゴミと思って捨てたって言ってたから、永遠に闇の中だな」  賢太の目にも触れることなく消えたのは少し残念だが、メモに書いた俺の決意は、永遠にこの胸の中にある。  これから嫌と言うほど、態度で示していくからそれでいい。 「残念ねぇ~」  それで、いいのだ。  そんな俺の恥ずかしい、らしくない決意が書かれた紙が表に出てくるのは、それから数年後の賢太の宝箱の中から。 『一生俺だけに愛される決心がついたら、連絡をくれ。 円』 END  

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