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Chapter 1―1
社長が呼んでいる―――と、部長の山形に連れ出され、村上武智はとある店の前にやって来た。
「愛人の店?」
「そう、ここでバーテンしてる人が社長の愛人だから、いくら美人でも口説くんじゃないぞ。1発でクビになるからな。」
喜原組所有の会社に税理士として働き始め、1ヶ月が経とうとしている。順調と言えば順調なのだが、何かしらの手応えが欲しいと考えていた。
そうすぐに成果が出るものでもないと分かっていても、意味もなく過ぎていく時間にがもったいなく感じてしまう。
―――愛人。使えるだろうか。
社長の愛人に手を出すのは危険でありはするが、ひとつの有効な手にはなる。それに何も寝とる様な真似でなくとも、懐に入り込む方法はある。
どんな人物なのだろう。
「へぇ。バーテンが女性って、珍しいですね。」
「あ?違う、違う。男だ。」
「―――男。」
思わず武智の口から落胆した声が溢れた。
―――男ならムリか。
山形が店のドアを引くと、カラン―――と、僅かに音を立てた。店は階下にあるようで、山形の背が階段を下っていく。
「まあ、そうヒクなよ。オレだって、最初はかなり戸惑ったぞ。社長、女しか相手にしなかったし、何人いるか知らねえけど、愛人の中にヒカルさん以外、男はいねえみたいだから。余計に特別なんだろうな、って。」
感慨深そうな山形の声を聞きつつ、階段を降りるとそこには再びドアがあり、小さなタグが掛かっていた。
タグには『camellia』と書いてある。
日本語で椿だ。
「あ、ヒカルっていうのがその人の事だから。ヒカルさんとお呼びしろよ。間違っても、ヒカルくんとか呼ぶなよ。ボコボコにされるぞ。見かけに寄らず強えから。」
カカカ―――と、漫画の様に笑う山形に続き、武智はその店に初めて足を踏み入れた。
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