7 / 123

第7話

「いいや? お前を殺すつもりなど毛頭ない」  目を細め、男は美風の頬を壊れ物に触れるようにそっと指で撫でてくる。美風はただ緊張と恐怖とで微動だに出来ずにいた。こうなってしまっても仕方ないと覚悟したとは言え、現実になるとその覚悟は消え失せてしまう。 「ほ、本当に?」  男の目をじっと見てみるが、深い闇のようで感情が全く見えない。 「あぁ、お前は恩人でもある。悪魔と分かった上でこうして部屋に入れてくれているしな」 「恩人……」  恩人と言えるような働きを心からしましたとは言えない。部屋の前で死なれては困るという勝手な気持ちが大半だ。  でも今は男にとっては恩人と取ってもらえてラッキーだった。そう思うようにした。 「生気や唾液を頂いたのは、情報を得るためだ。ここが人間界で、日本という国だという事。そして言語に生活環境をな。謎なのは俺がなぜここにいるのかだ」 「分からない……のか」  未だに男の指が頬にあり、気になりつつもそう訊ねる。 「あぁ、ついさっきまで魔界にいた。それなのにご丁寧に俺の魔力をほぼ奪って人間界へとは」 「え?」  美風は驚愕に目を剥いた。  これ程までに禍々しい気を放っているのに?   公園内にいた魔物さえも怯えて逃げていったのに? この男は魔力が今ほぼ無い状態だと言う。  本来の力を取り戻せばこの男はどれ程の魔物となるのか。考えただけで恐ろしい。 「……じゃあ、その髪の色や目の色はその事に関係あるのか」 「恐らくな。さっきのは少し魔力が戻ったためだろ。まぁあのままでは目立つから今はこの方が都合がいいが」  確かに目立ちすぎる。今の黒髪でも十分目立つが、あの姿で街を歩けば、とんでもないパニックに陥りそうだ。この美しさは人間離れしすぎている。  いや、人間ではなかった……。 「ならオレの部屋の前にいたのも偶然ってことか」  人ならざるものが見える美風の部屋の前という偶然は、何だか出来過ぎにも思えるが、当の本人が分からないと言っている。  だがこんな状況にも関わらず取り乱す事がなく、妙に落ち着いていることが少し気になる。  男には確かに若いのに威厳に満ちた貫禄というものがある。悪魔にも身分というものがあるならば、相当高位な身分にあっても納得できる。だからどんな状況に陥っても、他者の前で取り乱す真似は出来ないのかもしれないが。と、色々推測してみたが、結局は美風の勝手な想像でしかない。  ただ何となく分かるのは、美風に関わるメリットが男には無いということ。この世の者ではないモノが見えるだけであって、何の変哲もないただの大学生だ。なにかの意図で美風に関わってきたとは考えにくい。男もわざわざ演技をする必要もないだろうし。 「アンタの魔力を奪える程のモノっているのか?」  美風の問いに男の眉が僅かに動く。男もそこに関しては何か心当たりがあるのか、忌々しそうに目を細めた。

ともだちにシェアしよう!