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第7話
「いいや? お前を殺すつもりなど毛頭ない」
目を細め、男は美風の頬を壊れ物に触れるようにそっと指で撫でてくる。美風はただ緊張と恐怖とで微動だに出来ずにいた。こうなってしまっても仕方ないと覚悟したとは言え、現実になるとその覚悟は消え失せてしまう。
「ほ、本当に?」
男の目をじっと見てみるが、深い闇のようで感情が全く見えない。
「あぁ、お前は恩人でもある。悪魔と分かった上でこうして部屋に入れてくれているしな」
「恩人……」
恩人と言えるような働きを心からしましたとは言えない。部屋の前で死なれては困るという勝手な気持ちが大半だ。
でも今は男にとっては恩人と取ってもらえてラッキーだった。そう思うようにした。
「生気や唾液を頂いたのは、情報を得るためだ。ここが人間界で、日本という国だという事。そして言語に生活環境をな。謎なのは俺がなぜここにいるのかだ」
「分からない……のか」
未だに男の指が頬にあり、気になりつつもそう訊ねる。
「あぁ、ついさっきまで魔界にいた。それなのにご丁寧に俺の魔力をほぼ奪って人間界へとは」
「え?」
美風は驚愕に目を剥いた。
これ程までに禍々しい気を放っているのに?
公園内にいた魔物さえも怯えて逃げていったのに? この男は魔力が今ほぼ無い状態だと言う。
本来の力を取り戻せばこの男はどれ程の魔物となるのか。考えただけで恐ろしい。
「……じゃあ、その髪の色や目の色はその事に関係あるのか」
「恐らくな。さっきのは少し魔力が戻ったためだろ。まぁあのままでは目立つから今はこの方が都合がいいが」
確かに目立ちすぎる。今の黒髪でも十分目立つが、あの姿で街を歩けば、とんでもないパニックに陥りそうだ。この美しさは人間離れしすぎている。
いや、人間ではなかった……。
「ならオレの部屋の前にいたのも偶然ってことか」
人ならざるものが見える美風の部屋の前という偶然は、何だか出来過ぎにも思えるが、当の本人が分からないと言っている。
だがこんな状況にも関わらず取り乱す事がなく、妙に落ち着いていることが少し気になる。
男には確かに若いのに威厳に満ちた貫禄というものがある。悪魔にも身分というものがあるならば、相当高位な身分にあっても納得できる。だからどんな状況に陥っても、他者の前で取り乱す真似は出来ないのかもしれないが。と、色々推測してみたが、結局は美風の勝手な想像でしかない。
ただ何となく分かるのは、美風に関わるメリットが男には無いということ。この世の者ではないモノが見えるだけであって、何の変哲もないただの大学生だ。なにかの意図で美風に関わってきたとは考えにくい。男もわざわざ演技をする必要もないだろうし。
「アンタの魔力を奪える程のモノっているのか?」
美風の問いに男の眉が僅かに動く。男もそこに関しては何か心当たりがあるのか、忌々しそうに目を細めた。
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