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バレンタイン
いつも通りの朝。
今日は当番だから少し早く起きて皆の朝食を作り、周や蒼が洗濯や寝起きの悪い湊と由弦を起こしに行ってくれて、いつも通り皆で朝食を摂りつつ今日の予定を確認しあう。なんということのないいつも通りの朝……の、はずだった。
「雪也……、あの、さ……」
朝食にほとんど手を付けないままに、周が正面に座っている雪也をジッと見つめ、何か言いたそうにしている。もしかして朝食が不味かったのだろうか? それとも具合が悪いのだろうか。
「どうした? ごめん、不味かった?」
残して良いよ、他に何かあったかな、と雪也が立ち上がろうとした時、ブンブンと首がもげてしまうのではないかというくらい勢いよく周が首を横に振る。
「いや、ご飯は美味しいし、どこも悪くないから大丈夫。そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
雪也だけではなく蒼たちも皆、周を見つめて首を傾げている。黙っていたところで伝わらないと、周はようやく決意して雪也の手を握った。
「今日は大学行かないで」
「……なんで?」
言っても意味は伝わらなかったらしい。雪也は不思議そうにコテンと首を傾げているが、他の三人は周のその言葉だけで「あー、なるほど」と納得し、再び朝食を食べ始めた。
「行ったってどうせ女の子に追い回されて大変になるだけだし、今日行ったら雪也は毎日三食全部チョコになるよ」
「え、何その拷問……。なんでチョコ?」
なんでチョコなのかもわかっていない雪也に「今日はバレンタインだよー」と蒼が助け舟を出す。その言葉で雪也はようやく今日が二月十四日であることに気づいた。
突然だが雪也はとても美しい外見をしている。艶やかで長い黒髪は彼を神秘的にすら見せ、賢く、物腰柔らかで、とにかくモテるのだ。それはもう我が憧れの王子様とばかりに熱い眼差しを日々送られ、アピールする絶好のチャンスであるバレンタインは地獄絵図と化す。正直去年のバレンタインなど思い出したくもない。雪也は天然であまり頓着しておらず日々注がれる熱い視線にも気づかないでマイペースに過ごしているが、ルームシェアしている友人からすればチョコで部屋を埋め尽くされないために雪也を逃がさないといけないのでとても大変なのだ。もっとも、周が学校に行かないでという理由はそれだけではないが。
「まぁ、今日はそんなにコマも取ってないから休んでも問題はないけど……」
よくわかっていない雪也は、しかし懐いてくる周に甘い。援護射撃のように皆が「じゃぁ休みなよ」と言うので、雪也と周は本日はお休みに決定だ。
いってらっしゃーいと学校に行く三人を見送って、家の中には二人だけになる。掃除も軽く終わらせて、周は雪也の袖を引っ張ってソファーに誘った。
「はい、これ」
周が差し出したのは小さな皿に乗せられた生チョコレート。
「皆のも作ってあるけど、ちょっと作りすぎたから。先にどうぞ」
食べて、と促されて雪也は皿を受け取る。流石は料理上手の周が作ったものだけあって見た目も美しい。本当に食べて良いの? と周を見れば、コクンと一つ頷かれた。では遠慮なく。
柔らかなチョコは口の中に入れた瞬間にふわりと甘さが広がり、珈琲の香りも微かに感じられた。
「美味しい」
ふわりと顔を綻ばせて幸せそうにチョコを堪能する雪也に周も笑みが零れ落ちる。
今年は静かにバレンタインを――。
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