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それでも先輩は後輩大好きです

「ダメだ……、呪文にしか見えねぇ……」  グッタリと教科書を広げたテーブルに突っ伏してしまった由弦に、リビングでくつろいでいた皆の視線が集まった。 「あー課題? 数学なら雪也に訊いたら一発でしょ」  そう言うのはいちご大福を頬張っている湊だ。彼は毎回赤点をギリギリ避けるというある意味で器用なことをやってのける人物なので由弦に教えるということはできず、湊の隣で微笑みながら紅茶を飲んでいる蒼も成績は良いものの感覚型のため教えることには不向きであり、ひとつの事を教えるにはひとつを知るだけではなく十のことを知っていなければ上手く教えることはできない、という持論を持っているため確実に説明できるという問題以外は口を挟もうとしない。  湊の言葉にソファーの方にいるはずの雪也に視線を向ければ、彼は心地よい空間に安心しきってグッスリと眠っている。甲斐甲斐しく雪也にタオルケットをかけていた周が雪也の側に座りながら由弦に視線を向けた。 「昨日は課題を片付けるのに夜遅くまで起きてたらしいから、今は駄目」  生真面目な性格ゆえに頑張りすぎてしまうからと、雪也が休むことを最優先している周がその眠りを妨げることを良しとするなどありえない。ある意味鉄壁の防御である周と、何も知らずスヤスヤと眠っている雪也に絶望するように深いため息をついた。そんな由弦に蒼が首を傾げる。 「そんなに落ち込まなくても、雪ちゃんは嫌な顔しないで教えてくれるから大丈夫でしょ。流石に今日はもうお風呂入ったりなんだりで時間が無いかもだけど、明日聞けば良いんだし」  それに雪也に教えてもらえば量にもよるであろうが一時間もかからないだろう。何も今が駄目だからといってこの世の終わりみたいな顔をする必要などどこにもない。しかし由弦は落ち込みすぎてどこか遠くを見るように視線を飛ばしながら、ポツンと呟いた。 「明日が提出なんだよ……」  …………。  …………。  …………。 「……確か、明日は雪ちゃん朝から大学だよ、ね?」  ぎこちなく周に視線を向けた蒼に、周はコクンと頷きながらもすがるような由弦に「ダメ」と手でバッテンを作って見せた。 「……なぜに前日まで放っておいたのか」  無意識にいちご大福を指でフニフニしながら湊は渇いた笑いを零す。基本的に面倒なことが嫌いな彼は課題は出されたらすぐに終わらせる派だ。 「放っていたんじゃなくて、忘れてたんだよ」 「いやぁー、どっちも一緒でしょ」  由弦の言葉をスパーン! と切り捨てた湊はチラと蒼に視線を向けた。それを受けて蒼はヘニョリと眉尻を下げる。 「もう、諦めるしかないでしょ。雪ちゃんは起きる気配ないし、起こすのは可哀想……っていうか周が許してくれないだろうし」  なんだか流れが怪しい。敏感にそれを感じ取った由弦は嫌な汗をかきながら蒼を見た。 「も、もしかして……」  ん? と笑顔を向けられた時点で蒼が何を言おうとしているのか確信した由弦は素早く立ち上がって逃げようとした。これは危険信号だ! しかしそれさえも予想していた蒼にガッシリと腕を掴まれてしまい、逃げることができない。決して体格が良いわけではないのに、なんて力だろう。由弦はピクリとも腕を動かすことができなかった。 「課題提出できないよりマシでしょ?」 「いやいやいやいやいやいやッ、優先輩だけならまだしも弥生先輩に知られたらスパルタじゃないか!」 「大丈夫大丈夫、由弦もあの人達からしたら可愛い後輩だから」  にこやかに蒼は言うが〝あの人達〟はクセが強すぎる。勉強がわからず明日提出の課題ができないなどと言っては、どうなることやら。  助けを求めるように湊に視線を向けては送り出すように手を振られ、周をみればやはり「ダメ」と手でバッテンを作られる。由弦の教科書などと一緒に由弦を掴んだ蒼は、リビングの扉の向こうへ悲鳴を上げる由弦を無理矢理押し込めた。  そう、二世帯住宅の東側に住まう三人の先輩たちの元へ。

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