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【番外編】化け物屋敷

騒々しい物音に続いて、仕事部屋のドアが勢いよく開き、すみません、吉村さん、あの、と南が飛び込んできた。 本にペンを挟んでから振り向くと、裸だったのでぎょっとした。変な柄のトランクス一枚で、なぜか洗面台用の黄色いスポンジを握りしめている。 「お風呂に、むかでみたいなのがいて」 よく見れば、体がびしょ濡れだった。 「みたいなのって、むかでなのか? 刺された?」 「刺されてはないですけど、あの、すごく大きくて、何なのかわかりません」 仕方なく風呂場を見に行くと、それは窓の下の壁に張り付いていた。 「どう見ても、むかでだけど」 俺の後方に距離を置いて立っている南は顔を引き攣らせて、ぶんぶんと首を横に振った。 「むかで、そんなじゃないです。もっと小さい。色も俺が知ってるのと違う」 「お前、むかで見たことない? こんなの普通だよ。Mサイズ、大中小でいえば小に近い中」 棚のタオルを南に投げてやって、あらぬ方向に吹っ飛んだ足拭きマットを爪先で引き寄せた。 「そのスポンジは何で持ってきちゃったの」 南は左手に握りしめたスポンジを、泣きそうな顔でそっと洗面台に戻した。 「シャワー浴び始めて気がついて、パンツ穿いた時に慌てて」 「かわいそうに、パンツだけは穿いたんだ」 俺が笑うと、南は悄然として、 「で、どうすればいいでしょう」 と言う。 「どうすれば? 嫌ならシャワーで排水溝に流せば?」 「やだよ、気持ちわりいよお」 「殺虫剤も一応ある」 「吉村さんは、ああいうの、どうしてるんですか」 どうしてたっけ。あらためて考えると、別にどうもしていない。 「見ないようにしてる」 「ええ?」 「しばらくしたらいなくなるから、いなくなるまで待つ」 「だって、それじゃあ、どっかにまだいるってことですよ」 「そもそも、あれ一匹だけいるわけじゃないぞ」 そんな話をしているうちに結局むかでは消えていたのだが、南は気味悪がって風呂を中断し、その夜、俺が浴槽に入っている時に乱入してきた。 狭い浴槽に二人でおさまり、しばらく俺にからかわれていた南が、吉村さん、と深刻そうに切り出した。 「吉村さん、引っ越す気はないんですか」 「引っ越す? むかでが出るから?」 「むかでだけじゃなくて、でっけえ蜘蛛となめくじいるし」 「げじげじとか見たら、お前、パンツ穿く余裕ないだろうなあ」 「げじ? それ何?」 「知らないか。検索しない方がいいよ」 南は背後から回した腕で俺の体を抱きしめた。 「おばけも出るじゃないですか」 「虫とおばけか。そう言われるとまるで化け物屋敷だな」 「一緒に住んだりするのはだめ? 二人で部屋探して」 驚いて言葉が出なかったが、なぜか笑いがこみ上げてきた。 「吉村さん、鳥肌立ってる。どうして?」 南は俺の右耳に口を寄せて聞いた。ぞくぞくと体を震わせるその声から逃げて顔を背けると、天井近くに張り付いたむかでが目に入った。さっきのやつだ。 南が水音を立てて反対側の耳に何か囁きかけてくる。遮って教えてやるか、もう少し聞いていようかと迷いながら、俺は笑い出していた。

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