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第5話 「魔王としての新生活」

 まず優先順位を決めよう。  第一に記憶をどうにかする。俺が目覚める前の魔王の記憶を思い出して、今の俺がどうなるかは分からないけど、せめて魔力の制御とやらが出来ないことにはいつまでもこの幼い姿のままだ。  それから勇者。俺は勇者と戦いたくない。だから勇者とだけ戦わない方法を見つけたい。さすがにこれは無理な気がしないでもないけど。  そもそもプレイヤー視点で考えて、勇者が魔王に負ける展開はただのゲームオーバーだ。魔族サイドからすればハッピーエンドだけど。勇者が魔族側の味方になるって展開も相当な無理ゲーだし。闇落ちエンド的になるのかな、それって。  ゲーム的に考えたら色んなエンディングが用意されてるからそういう終わり方も悪くないかもしれないけど、セーブデーターを分けられるゲームと違って今はここが現実だ。セーブもロードも出来ない。一つの結末を選んだら、もう戻ることはできないんだ。ちゃんと考えて進めていかなきゃいけない。 「あっれー。なんかちっこいのがいるー」  魔王の部屋のドアが開き、ツインテールの可愛い女の子が顔を覗き込ませてきた。  ドアの開く音しましたっけ。全然気づかなかったから驚いた。 「メアドール。ドアをノックしろと何度言えば分かるんだ」 「魔王様はいつでもおいでって言ってくれてるもん」  この子、確か四魔軍の一人でサキュバスのメアドール。露出度の高い服で人気あったっけ。実際に見るとかなりヤバいな。幼い顔立ちに大きな胸。ボディーラインを強調した衣装。思春期の男子には目に毒ですよ。 「それで、その魔王様はどうしちゃったの?」 「……仕方ない。四魔軍のお前には話しておこう。このことは他言無用で頼むぞ」  リドは俺の記憶がないことと魔力を制御できずにこの姿になっていることを説明した。  メアドールも最初は信じられないというような顔をしていたが、この体は中身が違うだけで魔王本人の物。信じるより他ない。  というか転生、生まれ変わり説で話を進めるとなると、中身が別人っていうのも違うのか。俺はこの世界で最初から魔王、クラッドとして生まれてきてるはずなんだから。どういう理屈でそうなってるのかは分からないけど。 「ふーん。魔王様でもそういうことになるんだねぇ。でも小さいのも可愛いー」 「メア、魔王様に馴れ馴れしいぞ。全く……魔王様が甘やかすからこうなるんですよ」 「俺、覚えてないけど……何かごめんなさい」 「いいのいいの。優しい魔王様のままで」  仲良いな、みんな。もしこのゲームのアナザーストーリーとかあったら、こういう魔王サイドの話とかも作られたりしてたんだろうか。  読みたかったな。これからコミカライズやノベライズもされて、いずれはアニメ化するんじゃないかって思ってたから、そういうのを拝むことも出来ずに死んじゃうなんてな。まぁこれはこれで貴重な体験出来てるんだけど。 「でも、何が原因なのかな。何か魔法や呪いがかけられたような形跡はないけど」 「ああ。私にも原因が分からなくてな……悪魔神官に相談したいのだが、今どこにいる?」 「フォルグなら今いないよ? いつものやーつ」 「ああ。また廃墟探索か」  そういえばフォルグってそんな設定あったな。プレイヤーと初めて遭遇したのも|闇狼《ダークウルフ》の住処になってる廃墟の中でだった。野生の魔物の管理をしてるとかだったっけ。 「仕方ない。奴が戻ってきたら私の所に来るように伝えておけ」 「り」 「返事を略すんじゃない」  魔王城にいるっていうのに、ほのぼのしてるな。  元の世界でこんな風に落ち着けた時間ってあまりなかったから、なんか変な感じ。魔王城で心休まる時間を味わうってどういうことだよ。 「そうだー。ねぇ魔王様、その格好どうにかしたら? 服、ブカブカじゃん」 「あー、そういえば。でも着替えって、どうしたら……」  この城に小さい子用の服があるのかな。それとも魔法で衣装チェンジみたいな?  ゲーム的な考えだと装備品は街とかで買わないといけないけど。 「問題ありません。私が用意しましょう」 「リド、服作れるの?」 「人間に出来ることが私に出来ないわけありません」  そう言ってリドはどこからともなく布地を用意して裁縫し始めた。  高速で腕を動かして器用に服を仕立てていく。凄いな、瞬く間に衣装が出来上がっていく。今俺が来ているようなローブに、背丈に合わせたマント。センスの良い服があっという間に出来上がった。 「おー、リドすごーい」 「お褒めに預かり光栄です」  そう言ってリドがパチンと指を鳴らすと、俺の服が一瞬で今出来上がったばかりの服に変わった。魔法本当に凄い。これも瞬間移動の一種か。  さっきまでブカブカだった服が俺の体にピッタリのカッコいい衣装になった。 「どうですか? どこかキツイ場所などありませんか?」 「うん、大丈夫。ピッタリだよ。ありがとう、リド」 「いえ、魔王様の身の回りのお世話は私の役目ですから」 「リードのはただのオカンじゃーん」 「やかましい」  俺は腕を伸ばしてみたり、マントをヒラヒラさせてみたりした。なんかいいな、こういうの。普段絶対に着ない格好だから、コスプレしてるような気分だ。  今の俺の姿、身長的に12歳前後とかそれくらいなのかな。俺の中学生の時がこれくらいだった気がする。魔族の基準は分からないけど、人間の見た目だけで言うと多分それくらいだと思う。  実際の俺、というか生前の俺と言うべきなのか。前の俺が高1だったから年齢的にはそんなに差もないけど。てゆうか、魔王って何歳なんだろう。少なくとも百歳以上ではあるんだよな。俺、さっきまで人間だったから魔族の年齢の感覚が分からない。 「魔王様、今日はもうお疲れでしょう? お休みになられますか?」 「ん? ああ、そうしようかな」 「では、私達は失礼致します。いつも通り6時間後に起こしに来ますので」 「あ、ありがとう」  6時間睡眠なのか。なんかちゃんとした生活してるな。魔王城は空の上だから朝も夜も関係ないもんな。  リドとメアドールが部屋を出て、俺は一人になる。  知らない場所で一人になると、なんか急に心細くなるな。さっき着せてもらったばかりのマントを取り、俺は大きなベッドに体を埋めた。さすが王様なだけあって立派なベッドだ。今まで使っていた安いマットレスとは感触が全然違う。  俺、この先ちゃんと魔王としてやっていけるのかな。部下達がしっかりしてるから大丈夫だとは思うけど、さすがに魔王の俺が皆に頼ってばかりじゃ示しがつかないよな。 「……でもやっぱり、会いたいな……勇者に」  俺は大きな枕をギュッと抱きしめ、眠りについた。

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