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第31話 「それは許されない想いと知っても」

 こういうのを賢者タイムと人は呼ぶのだろうか。  エルが俺の体を拭いたり服を着せてくれたりしてる間に冷静さを取り戻した。  魔王が勇者に襲われるってどういうことだよ。メチャクチャ気持ちよかったし。俺、初めてだったのに。  てゆうか、そんなことはどうでもいいんだよ。いや、良くはないけど。  いくらなんでも、コイツの態度はおかしいだろ。俺がエルの気持ちを疑ってるからとか言ってたけど、つまり直接言葉にしてないけどエルは魔物である俺に好意を寄せてることは確定ってことでいいのか。  いくら魔王だってことに気付いてないからって、それは駄目だろ。  まぁ、どうせ魔王城に来たらコイツは殺さなきゃいけないんだ。結果が変わらなければ過程はある程度見逃してもいいか。もう面倒くさい。俺が何をしても裏目に出るだけだ。おかげでこんな事態になったんだし。 「イオリ、大丈夫? どこか痛いところはない?」 「……平気」 「よかった。本当はこんな形で君を抱くつもりはなかったんだけど……」 「予定はあったのかよ……」 「魔王を倒した後に君を迎えに行くつもりだった」  魔王を倒した後、俺はいないんですけどね。  コイツ、なんでこんなに俺のこと気にするんだ。毎回疑問に思うけど、ここまでするってよっぽどじゃないか。 「……お前、俺の何がいいの?」 「え?」 「……勇者が魔物相手にこんなことするなんて、変だろ」 「魔物相手じゃないよ」 「は?」 「イオリだからだよ」  その言い回し、俺が言ったやつじゃん。そんなに気に入ったのか。  人間と魔物とか関係ないって言いたいんだろうけど、お前は勇者なんだからもう少し気にした方がいいと思う。 「そんなに気にする?」 「しない方が無理だろ。ただの人間なら目を瞑れても、お前は勇者だ」 「そうだね。こんな勇者は異常かもしれない。でも、仕方ないだろ。初めて会ったあの日から、俺は君が気になってる」 「……マジかよ」 「ああ。不思議だよね。あの場所で会おうって約束をして、約束通り君が来てくれて、凄く嬉しかった。最初は本当に勇者である自分を忘れたくて君に会おうと思ってたけど……今はそんなのどうでもいいとすら思う。あんな約束しないで、ずっと一緒にいてくれって言えばよかったって」 「それは、無理だろ」 「だよね。君は、魔王を守ろうとするんだろう?」 「当り前だ」  悔しい。  俺が魔王じゃなかったら、素直にコイツの気持ちを受け入れられたのに。この場で、エルに抱き着いて好きだと言えたのに。  でも俺は、魔王だ。それを受け入れた。仲間を裏切りたくないし、クラッドの意志を継ぎたい。その気持ちに嘘偽りない。この世界を、人間を支配する。そうして、魔物達を守るんだ。 「俺は、俺たちの世界を守りたい。人間の都合で殺される魔物がいなくなるように。その為に、魔王に従うんだ」 「……そうか。それが君の意志なら、何も言わないよ」 「ああ……」  エルが、そっと俺の頭を撫でた。  この手が俺に触れるのも、次会う時が最後なのか。やっぱり寂しいな。  俺は、お前のことを一生好きでいるよ。この世から勇者という希望を奪っても、この想いだけはずっと忘れず生きていく。  お前が俺のことを想ってくれていたことも、俺の胸の中に仕舞っておく。  安心しろ。俺は人間を支配するけど、別に危害を加えるつもりはない。ただ一つ、魔物への不可侵。その一つを人間達に守らせる。 「それじゃあ、俺はもう行くぞ」 「……ああ。イオリ」 「なんだ?」 「……いや、何でもない」 「……?」  エルはいつもの笑顔を浮かべて、それ以上は何も言わなかった。  何が言いたかったんだ。まぁ無理に聞き出すつもりもないし、別にいいけど。  俺はエルに背を向け、魔王城の私室へを一気に転移した。  一人になって、一気に力が抜けた。  ベッドに横たわり、目を閉じる。一日の出来事なのに、あまりに濃い時間だったせいで一週間くらいの体力とメンタルを消耗した気がする。  アイツと会うといつもこうだ。完全に俺が力負けしてる。  まぁそれは俺が魔力を抑えてるからだけど。魔王と気付かれないためとはいえ、魔王が勇者の良いようにされてるってヤバいのかな。  今だけだし、いいか。この関係も、次で終わるんだから。

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