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第41話 「本当のこと」
もう後戻りはできない。
これで、本当に最後になる。俺たちの戦いも、勇者という存在も、これで終わりだ。
俺の姿を見たエルの目が忘れられない。
頭にこびりついてる。今まで伊織に向けていた優しいものとは全く違う。敵を見る目。覚悟していたけど、実際にこうなると少し胸が痛くなる。
だけど、これは俺が望んだこと。これでいい。これでお互いに迷いなく、殺し合える。
「クラッド様!?」
魔王城に戻ると、俺の魔力を感じ取ったリドが慌てた様子で駆けつけてきた。
無理もない。元の姿に戻って帰ってきたんだから。
だけど、さっきから体がフラフラする。一歩歩くごとに視界が揺らぐ。
立ってられない。
頭が重い。
足がもつれ、そのまま倒れそうになるところをリドが支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「……リ、ド」
「魔王様……っ!?」
全身から煙のようなものが出て、体の力が抜けていく。
何が起きたんだ。俺、どうなったんだ。
「……っ、あれ?」
気付けば、俺の体は元の幼い容姿に戻っていた。
なんで戻ったんだ。正直、あの姿に戻れた理由も分からないのに。
「魔王様、一体何があったんです?」
「あー、何がって言うとちょっと宣戦布告みたいな?」
「え?」
「余計なことしちゃってゴメン」
「……いいんですよ。貴方が望んでやったことであれば、それは我々の総意です」
「ありがとう、リド」
リドは俺の体を抱き上げて、部屋まで連れていってくれた。
まぁエルには俺の正体もバラしたんだから、もう見た目なんかどうでもいいか。
きっと人間に対する怒りとかそういうものが俺をあの姿に変えたんだろうな。
「お身体は大丈夫ですか?」
「うん、もう大丈夫」
「……魔王様」
「うん?」
リドは言いにくそうにしてる。言葉を濁すなんて珍しい。
俺をベッドに下ろし、目線を合わせるように床に膝をつきながらリドは小さく息を吐き出した。
「ずっと、言おうかどうか迷っていたんですが……」
「……?」
「勇者と、何かありましたか?」
「っ!?」
「会って、いたのでしょう?」
心臓が止まると思った。
一気に血の気が引いた。
頭の裏が、冷えていくのが分かる。
手が震える。
なんで、気付いた。いつから。どうしよう。まさか、ここでリドにアイツとの関係がバレるのはマズい。
「……な、んで?」
「ああ、別に魔王様を責め立てているわけじゃないんですよ。それに、私は元より魔王様の世話役です。クラッド様より粗方説明はされていました」
「え?」
「ええ。貴方がクラッド様でないことも、初めから存じていました」
嘘。リドは知っていて、俺に付き合ってくれていたのか。俺のために、知らないフリをし続けていたのか。
今思えば、リドは確かに俺に向けてクラッドとは呼んでいなかった。最初に俺を見つけた時だけだ。この前中庭で話したときも一度だけクラッドって呼んでいたけど、あれは俺に言ったものじゃなかったんだ。
「クラッド様はずっと、人間との戦争に疑問を抱いていました。でも、それが何なのか分からないまま100年過ぎ、とうとう勇者が生まれてしまった……魔王の天敵である勇者の誕生。彼から魔物達を守ろうと必死になっていました」
「……うん」
「だから、現状を変えようとした。それが、貴方なのです」
「……俺に、出来ると思う?」
「ええ、勿論です。最初、クラッド様がもう一人の自分と入れ替わると仰ったときは反対しました。彼以外に魔王が務まるわけないと。現に、最初貴方を見たときはとても頼りなくて心配していました」
「はは……だよな」
「ですが、今は違います」
リドは優しい笑みを浮かべて、俺の頭を撫でてくれた。
「貴方は優しく、我々を守ろうと必死に動いてくれました。結果、現状は大きく変わった、この100年では成し得なかったことです」
「リド……」
「勇者と会っていたのは薄々気づいてはいました。ですが、貴方には貴方なりの考えがあってのことでしょう。私は、それについて咎める気はありません」
「……で、でも……魔王として、勇者と会っていたのに倒せてないし……それに……」
好意を持っていた、なんて言えるわけない。
そんなの、許されることじゃないのに。ここまで気付いていて見て見ぬふりをしてくれたリドに、どう言えばいいのか分からない。
「……良いんですよ、魔王様。それは、貴方の大事な想いです」
「え」
「我々を守るために、その想いを押し殺してまで戦うことを決めてくださりありがとうございます」
「リ、ド……」
「元は人間である貴方が、我々の王になってくださったこと、魔族を代表してお礼を申し上げます。イチノセ・イオリ」
「……っ!」
俺の名前がリドの口から出てくるとは思わなくて驚いた。
目を丸くしてる俺を見て、リドはクスクスと笑いながら俺の隣に座った。
「知っていましたよ。クラッド様は自身の夢を映す術を持っていました。その夢にはもう一人のクラッド様、つまり貴方が映っていました。同じ服を着た人間達に暴行を受ける貴方が」
「そこまで、知られてたんだ……」
「弱々しくて、本当にこれがもう一人のクラッド様なのかと不思議でした。おまけに、勇者という存在にも憧れていた」
「っ!」
「よく口にされていましたよね。勇者はカッコいいなって」
「う、うん……」
「そんな貴方に、こんなこと頼むのはとても心苦しかった。憧れの勇者と戦わせることになるのだから。それでも、我々は貴方に賭けるしかなかった。今はクラッド様のその選択が正しかったと信じてます」
リドが俺の肩をそっと抱いて、頭を撫でてくれる。
その優しい手つきが、暖かさが、俺の涙腺を刺激する。ボロボロと涙が零れだして、止まらない。
「ありがとう、我らが魔王様。我らの希望、イオリ様」
「……っ、ううん。俺の方こそ、ありがとう。ありがとう、リド……」
「私たちはずっと、貴方を支え続けます。貴方の望みを叶えるため、勇者と戦いましょう」
「うんっ!」
俺はリドにしがみついて泣いた。
戦うよ。俺は、俺のために、みんなのために、勇者と戦う。
大好きな勇者を、殺すんだ。
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