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泣い……!?
住所をマップアプリに入れ、表札に髙月と書かれた一軒家までたどり着いた。
雑炊を作ってくれた礼もあるし、風邪でも食べやすいものをひと通り買ってきたけど……いざ家の前に立つと鼓動が速くなってきた。
……いやなんで緊張してんだよ。ただのお見舞いを兼ねたお礼だこれは。
そもそもあの時のことはほとんど覚えてないし……大事な話とかしてないよな……? 覚えてないって言ったら玲依、傷つくかな……
押すに押せないインターホンの前で立ちすくんでいると、翔太に聞いたプリンの話を思い出す。
もしかして、昨日も知らないうちに変なこと言ってたりして……!? そうだとしたら恥ずすぎて死ぬ……! どんどん会うのが億劫になる。
でもここまで来て引き返すのはなあ……もうこれ渡してすぐ帰ろう。
人さし指に力をこめ、インターホンを押した。
……押してから気づいたけど、そもそも寝てたら出れないよな……わざわざ玄関まで出てきてもらわないとだし……
ドアノブにでもかけておくか?と考えていると家の中からでかい物音が聞こえた。
「え、え……?」
ドタドタと音が近づいてきて、これが足音なんだとわかる。ほんとに熱あるのか……!?
「ゆ、由宇!?」
勢いよく開いたドアから赤い顔をした玲依が顔を出した。息を切らしながらすごく嬉しそうに笑っていて、やっぱり気恥ずかしくなる。
お見舞いを渡して帰ろうとしたのに、玲依は何を思ったのか顔を曇らせて俺の名前を叫びながら泣き出した。子どもみたいに大粒の涙がボロボロこぼれた。
「欲深くて最低な男でごめん……でも嫌わないで……由宇に嫌われたら俺は……」
「どういうこと!?」
全く身に覚えのないことを泣きながら呟いている。こいつの情緒大丈夫か……!? 熱でおかしくなった……!?
どうしたもんかと目線を彷徨わせていると、玲依の体が傾いた。とっさに手を伸ばして肩を支える。触れた体は熱かった。
「ふらふらしてるし! とりあえず中入るぞ!」
やっぱり熱あるじゃん……!
ぐすぐすと涙を拭う玲依をそのまま支えながら家の中に入った。
なんとか玲依の部屋までたどり着き、ベッドに座らせる。
綺麗な部屋だ。清潔感があって整っている。オシャレな机と椅子。本棚には料理とお菓子の本が並んで、窓際には何かが植えられた鉢がある。あといい匂いがする。
顔も綺麗で部屋も綺麗なのかよ、こいつ。
部屋に戻ってもずっと泣き続けているので、机の上にあったティッシュを渡す。
少し離れて玲依に向かいあうようにカーペットが敷いてある床に座った。玲依は流れ続ける涙を無言で拭いている。
どうしよう、この気まずい間。お見舞い渡したらすぐに帰ろうと思ってたのに、いきなり泣き出したから帰るに帰れない。
さすがに放っておけないし、なんて声かけたらいいもんか……
「お前の部屋綺麗で片付いてるな~……そ、その鉢になに植えてるんだ?」
とりあえず話題を変えて様子を見よう。気をそらして泣き止ませる作戦だ。
少しの間の後、玲依は顔を上げた。目は真っ赤になっている。
「……ローズマリーです……」
「あ~もしかしてこの部屋の匂い、それ? いい匂いだと思ったんだ」
部屋はたぶんそれらしい匂いがほんのり香っている。ローズマリーってハーブだったっけ。それなら納得だ。
「せっかく、由宇が部屋を褒めてくれてるのに……俺は……ごめんなさい……」
普通に話ができたかと思ったのに、またすぐに泣き出した。ダメだこれは……
そもそもこいつはなんで泣いてるんだ……? 原因がわからん……風邪がうつったのは俺のせいじゃないって芽依は言ってたけど、泣いたのは俺と顔を合わせてからだ。
「……お前が泣いてるの、俺のせいなのか?」
「由宇は悪くない……全部俺が悪いんだ……」
玲依は目元を拭いながら必死で首を振る。
「じゃあなんで泣いてるんだよ。昨日、見舞い来てくれてるときに俺がなにか傷つけるようなこと言ったか? あのときのこと覚えてないんだよ、ごめん」
「ちが……っ そうじゃなくて……!」
玲依の言葉を遮る。
「俺に言いたくないなら言わなくていい。でも、馬鹿正直になんでも言うお前らしくない……俺は、お前の真っ直ぐなところが……」
滑るように出ていた言葉がそこで止まり、慌てて顔を背ける。真っ直ぐなところが……? 何を言おうとして……
「や、やっぱさっきのなし! 忘れろ……」
顔をあげたその時、玲依が飛びついてきた。
「ゆう~~~~~~っ!!」
「うわ!?」
抱きつかれて行き場のない両手がさまよう。
耳もとでしゃくりあげながら玲依は少しずつ話す。が、玲依から紡がれたのは思いもよらないものだった。
「昨日、俺がっ キスしたから……!」
「は?」
「だから風邪がうつったんだ! やましい俺の自業自得で由宇はなにも悪くない! 由宇に嫌われるのが怖くて言えなかったんだ! 謝らせてごめん、ごめんね……」
「な、なんて!?」
抱きつく玲依を離すと、頰と目を真っ赤にしながら上目遣いにこちらを見た。瞳にはまだ涙が溜まっている。
「あ、のね……ゆ、由宇にきす……しました……口に……」
「はぁあ!?!?」
ようやく意味を理解した俺の頬にもぶわっと熱が走った。
「柔らかくて……甘かった……」
「感想まで言わんでいいから!!!」
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