8 / 86

ステファン・ラーゲルレーブ(1)

 広場の奥にもう一つ庭があり、その向こうに一際大きな石の建物が建っていた。  マットソンの屋敷とは比べようもないほど巨大な建物だ。  中に入ると、部屋の(しつら)えや調度品も、その価値などわからないフランが見ても立派なものに見えた。黒い石の床はピカピカに磨かれ、壁や柱には細かい彫刻が施されている。天井からはたくさんのシャンデリアが下がり、昼でも日の差さない広大な石の城内を明るく照らしていた。  長い廊下を進み、大きな扉の前まで来るとレンナルトが室内に向かって声をかけた。 「ステファン、妃殿下のお越しだよ」  フランは首を傾げた。自分のほかにも誰か客人がいるのだろうかと、あたりをキョロキョロ見回す。 「入れ」  扉が勝手に開き、レンナルトが「どうぞ」と先を譲る。びくびくしながら、フランは室内に足を踏み入れた。  石の床には濃い色合いの敷物が敷かれていた。焦げ茶色のテーブルとワイン色の長椅子が置かれ、長身の男がゆったりと座っている。  座っていても手足が長く背の高い人だとわかった。硬質な印象の整った顔にかかるのは漆黒の長い髪。瞳の色も黒く深い。金糸と銀糸の刺繍を施した立派な上衣がとても似合っていた。  美しい人だ。  ベッテたちが箱にしまって大事にしている姿絵の騎士を思い出す。非の打ちどころのない美しさに、フランは自分の立場も忘れてぼうっと見惚れてしまった。  心臓がドキドキと騒ぎ始めた。こんなに美しい人を見たのは初めてだった。  しかし、次の瞬間、フランは心臓を凍りつかせた。ステファンが顔をしかめてこう言ったからだ。 「チビすぎるだろ……」 「ステファン!」  レンナルトが咎める。ステファンがため息を吐き、フランは深く傷ついた。 「ご、ごめんなさい。僕……」  自分がなぜ、何に対して謝っているのかわからなかった。  ただ、フランは確かにみすぼらしく、そのせいで目の前にいる美しい人を失望させたのだと思った。  そのことがいたたまれなく、悲しかった。  チビでドジで半人前の厄介者。  おまけにオメガ……。働かせてもらえるだけでありがたいと思えと、毎日のように言われてきた。  きっとフランは厄介払いされたのだ。よくわからないが、マットソンの屋敷にはもう戻れないのに違いない。 「僕、なんでもします。だから……」 「だから?」 「だから、どうか……、僕を、ここにおいてください」  深く頭を下げるとステファンが不思議そうに聞いた。 「おまえ、ここにいたいのか?」

ともだちにシェアしよう!