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大事なこと(2)
「フラン。それは、とても光栄なんだが……」
どことなく困ったような声に聞こえた。
何か、またおかしなことを言ってしまったのだろうかと不安になった。
「僕、ヘンなこと言った?」
「いや。そんなことは……」
いつになく歯切れの悪いステファンを見て、不安が大きくなってゆく。
コホンと一つ咳ばらいをしたステファンに身体を遠くに押しやられて、さらに心配になった。
「ステファン……」
涙目になったフランを、「ああ、泣くな」と慌てて引き寄せ直して、ステファンがため息を吐いた。
(ため息を吐かせちゃった……)
「ステファン、僕、何かしちゃったんだよね?」
「いや。おまえのせいではないから気にするな。……ちょっと、想定外の反応に、俺が動揺しただけだ。少し待て。態勢を立て直す」
ぽんぽんと背中を叩かれて、少し安心した。またそっと上衣の端を掴んだ。ステファンにさわっていると、フランはなんだか幸せな気持ちになれるのだ。
フランを抱いたまま、ステファンは何やら口の中で「これは、責任重大だ」などと呟いた。笑ったのかため息を吐いたのかわからない短い息を吐く。
「責任?」
「何も知らない者に、何かを教えることは、責任が重いものだなと思ったんだ」
それからステファンは慎重に言葉を選んで、フランに言った。
「俺の言葉をなんでも鵜呑みにするなよ、フラン。俺が教えたことが、全部正しいとは思わずに、自分の頭でちゃんと考えるんだ」
ステファンが教えることは、そのために必要な知識であって、フランはフランにとって大切なことは自分で決めなければいけないと言った。
「自分で……?」
「そうだ」
自分の人生や生き方、どう生きたいか、どうありたいか。
「大事なことは、自分の頭と心で考えて決めるんだ。決めていいんだ」
なんだか難しいことを言われた気がして、顔を上げる。
ステファンは優しく穏やかな目でフランを見ていた。
「簡単に、誰かにおまえを食わせるなよ」
「ステファンにでも?」
ステファンは少し詰まる。それから「よくよく考えた上で望むのなら、構わない……」と、やや苦笑混じりに言った。
フランの顔をまっすぐ見つめ、髪を何度か撫でて、ステファンはふっと表情を和らげた。
「ヒートは、恐ろしいものでも嫌なものでもなかったようだな」
フランが頷くと「なら、よかった」と言って、一度ポンと背中を叩いてフランをゆっくり離した。
腕を解かれても、今度は不安にならなかった。
「そろそろ、昼だ。じきにレンナルトが呼ぶだろうから、今日の勉強はここまでにしておくか」
うん、とフランが頷くと、ステファンは魔法で本をシュっと飛ばして書棚に収めた。
「アイスクリームを作ると言っていたぞ。見たければ、台所に行ってみるといい」
ステファンに促されて、フランは台所に向かった。石の廊下を歩きながら、頭の片隅でステファンの言葉を反芻する。
簡単に、誰かに自分を食べさせてはいけない。
自分の人生などの大事なことは、自分の頭と心で考えて決める。
(ステファンの言うことを、なんでも鵜呑みにしちゃいけないとも言ってた)
それはちょっと難しい。
今のフランは、ステファンに教えてもらったことでできている。ステファンはフランの世界のほとんど全てのような気がするのだ。
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