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エミリアの本棚(1)
夏の花の苗はもう終わりが近い。これから植えるなら秋の花か冬の寒さに強い春の花、球根などがお勧めだと花屋の店主は言った。アマンダやレンナルトにも相談しながら、フランはいくつかの花を選んだ。秋口まで花を楽しめる夏の花も少し入れてもらった。球根もたくさん買った。
好きなものを好きなだけ選べばいいと言われて、フランはなんだかドキドキしてしまった。いろいろなことを自分で決める練習はしていても、欲しいものをあれもこれも欲しいと言うのは勇気がいる。それでも、ステファンのために庭を美しく整えたいという目標があるから、たくさんの花を真剣に選んだ。
籠いっぱいに買った花は三人で手分けして馬車まで運んだ。庭は広いので、それでも全然足りない。けれど、最初から上手に育てられるかわからないし、中庭の、ステファンの実験用の居間から一番よく見える場所に、まずは植えようと思っていた。それだけなら、花の数は十分だった。
毎日シャベルで深く掘って、土をかき混ぜ、石をどかして、花壇をふかふかにしておいたけれど、一緒に買ってきた鶏の糞や腐らせた葉っぱをまぜるともっといいらしい。
レンナルトが城の仕事をし、アマンダが部屋で書き物や読書をし、ステファンは私室で実験をする間、フランは庭の手入れに没頭した。自分のやりたいことを好きなだけやっていていいのだと思うと嬉しい。ステファンの城に来てからはずっと自由にしていいと言われてきたし、本を読んだり勉強したりするのは楽しかった。けれど、庭の花壇造りはフランが自分で始めたことだ。なんだか責任のようなものが心に芽生えて、特に頑張ろうという気持ちになった。
一生懸命お世話をして、綺麗な花を咲かせたい。ステファンが喜んでくれるような素敵な花壇を作りたい。
土を準備し、花や球根の配置をあれこれ工夫しながら丁寧に植えてゆく。植えた後は、毎日様子を見て、如雨露 で水をやったり、余計な花殻や枯れた葉っぱを取り除いたり、害になる虫を退治したりする必要もある。
何日かたつと、茎や葉っぱがしっかりしてきて、新しい蕾が膨らんできた。蕾だった花は瑞々しい雌蕊 を見せてしっかりと開いた。フランはその一つ一つを熱心に観察した。
その日も夕方の水やりを終えて、満足しながらステファンの居間に戻った。夕餉までの短い時間に計算問題の練習をするつもりだった。
「毎日、精が出るな」
ずいぶんと庭が華やかになったとステファンが褒めてくれる。フランは嬉しくなって、頬を緩めた。口の端にくっきりと笑窪が浮かんでしまう。
石板を抱えてステファンの隣に行くと、頬を軽く突かれる。
「楽しそうだな」
「うん」
いいことだとステファンが微笑む。
「ちゃんと、笛は持っているな」
「うん」
普段着のシャツの襟から紐を引っ張り出す。
「あまり夢中になりすぎて、油断するなよ。一人でいる時に何かあったら、すぐに笛を吹くんだぞ」
「うん」
ちょっと吹いてみろと言われて、ピーっと軽く音を出す。どこからかレンナルトが、心配そうな声で「フラン?」と呼んだ。
「悪い。なんでもない」
ステファンが答えると、それきり声は聞こえなくなった。
レムナの街から帰った後、マットソンに会ったことを三人が話すと、ステファンは『念のため、少し警戒したほうがいいだろう』と言って、フランに笛を持たせた。興味津々のアマンダが、『その笛にも、何か不思議な力があるの?』と聞いたけれど、ステファンは、ただの笛だと答えて笑っていた。
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