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エミリアの本棚(3)
アマンダの質問に対して、レンナルトは『そういう噂があったことは知っている』と答えた。噂は王の側近や王族の一部の間に流れ、すぐに消えたらしかった。
王の死の原因は事故死である。視察に赴 いた先で山崩れに遭い、馬車ごと谷底に転落したのだ。秘書官として同行したヘーグマン伯爵、つまりレンナルトの父も王と運命を共にした。
レンナルトの言葉を聞いたアマンダは、息をのんだ。そして『ごめんなさい』と謝っていた。
レンナルト自身は当時十歳で、父親を亡くしたショックもあって、その頃のことはあまり覚えていないと言った。
『後になって囁かれた『闇の魔王の黒い噂』のほうが、僕の記憶より詳しいくらいだろうな』
皮肉を込めて言った後、『ただ、最初に噂が立った時、それを囁く人々の近くに現国王であるクリストフェル陛下もいたはずだ』と続けた。神託が下ったわけでもないのに、神官の言葉に従って弟であるステファンを黒の離宮に送ったのは、クリストフェルの中に疑う気持ちがあったからかもしれないと。
『だけど、噂は噂だ。ステファンがそんなことをするはずがない』
第一、理由がないと、レンナルトは言った。
先代の王であるアンブロシウスは、自分の力を持て余すステファンに対して寛容だった。古い神話を例にあげ、剣に鞘があるように、力には必ずそれを制御し、守る器が存在する、それを見つけることができれば、力はより価値を持つと言ってステファンを諭し、励ましてさえいた。その父王を弑するはずがないと。
『王の死は事故だ』
レンナルトの言葉に、アマンダも頷いていた。
フランもレンナルトの言葉を信じている。一方で、けれど、そんな噂が立つくらい、ステファンの力は、それだけまわりの人に恐れられていたのだと思った。
「フラン、できたか」
ステファンの声に慌てて、顔を上げた。
「ま、まだ……」
「気が散ってるようだな。珍しいこともあるもんだ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
いつものように、ポンと頭に手を載せて軽くくしゃくしゃとかき回す。「ゆっくりやれ」と言われて「うん」と頷いた。
ざら紙にステファンが書いてくれた問題の横に、インクで答えを書いていく。足し算や引き算のほかに、最近は掛け算や割り算もできるようになった。数字が三桁になると、少し難しい。全部できたところで、もう一度石板を使って答え合わせをしてから、ステファンの前に紙を持っていった。
「全部マルだ。よく頑張ったな」
くしゃくしゃと髪を撫でられて、頬が緩む。ステファンも満足そうに笑みを返してくれた。
大きなマルをたくさんもらった紙を頬を緩めたまま眺めていると、ステファンが「フラン」と呼んだ。
「最近よく考え事をしているな。レムナで会った前の主人のことが心配なのか」
「マットソンさん?」
街で会った時は驚いたし、昔のことを思い出して身体が硬くなってしまった。でも、今は城の中にいるのでそれほど怖くない。マットソンのことをそれほどよく知っているわけではなくても、なんとなく「暗黒城」と呼ばれて世間で恐れられている城に、しかもフラン一人を掴まえるためだけに、わざわざ来るようには思えなかった。
「笛ももらったし、平気」
フランが首を振ると、「じゃあ何を気にしている?」と笑みを浮かべたまま聞いてくる。
答えに詰まっていると、なぜかステファンが笑みを深くした。フランの頭をゆっくり撫でて、「すぐに言えないようなことを考えるようになったか」と楽しそうに笑っている。
「大人になったな」
褒められたのだと思って、唇をきゅっと結んでステファンの顔を見上げた。だが、「少し前までは、また俺に食べてほしいとか、平気で口にしてたのにな」と言われて、フランは真っ赤になった。
「ち、ちが……」
そういう方面のことを考えて躊躇っていたわけではない。赤い顔で訴えると「なんだ。違うのか」と顔を覗き込まれる。
「残念だな」
にやにや笑うステファンに心臓がドキドキし始める。
それを見計らったように「お取込み中、申し訳ないんだけど、夕飯ができたからねー」とレンナルトの声が聞こえてきた。
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