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第1話

「さっさと終わらせろよ」 氷見諒(ひみりょう)は準備された椅子に座る。 「うん」 保志岩陽太(ほしいわようた)は開かれたA3サイズのスケッチブックをイーゼルに置き、諒を見つめた。 「もう少し腰をそらせて」 「俺は猫背なんだ」 そう言いながらも諒は胸を張り、腰をそらす。 「うん、すごくいい。そのままね」 陽太は、アタリを取り全体をざっくり描いていく。 時折、手を伸ばし、持っていた鉛筆越しに諒を見た。 「それ、何してんの?」 諒は目だけ陽太の方を見た。 「比率を取ってるんだ」 それだけ言うと陽太はスケッチブックに鉛筆でサラサラと描きこんでいく。 ポスターを描くからと諒はモデルを頼まれた。 椅子に座っている人を描きたいといわれ諒は断ったが、バーガーをおごってくれると聞きのこのこついてきた。 陽太は美術部でこまめに応募用のポスターを作っていた。 何が楽しくてそんなことをしてるのか、諒にはわからなかった。 しかし、絵を描く陽太は真剣だった。 「何のポスター描くの?」 「愛鳥週間」 「俺関係なくない?」 人が出てくるようなポスターなのかと思いきや、人とかけ離れた愛鳥週間。 諒は思わず言われていたポーズを崩してしまう。 「あ、動かないで」 「だって、愛鳥だろ?俺を鳥だとでも思ってるの???」 「いいから!さっきの座り方して!」 っと陽太は普段穏やかだが、今日はキッと言い放った。 いつもと違う陽太に、諒はしぶしぶ元の座り方に戻る。 バーガーをおごってもらえるのだから、仕方ない。 10分ほど経って、ポーズ変えて。と陽太に言われ、指示されたポーズに諒は変える。 それを数回繰り返し、1時間ほどでモデルは終わった。 しかし陽太は首をかしげていた。 「だめだな」 ぽつりとつぶやき、それを聞いた諒はイラっとして立ち上がった。 「悪かったな!モデルが鳥じゃねーからな!」 とカバンを持った。 「ほら、金出せ!」 「え」 カツアゲのように陽太に手を差し出す諒。 「バーガー代払え」 「あ、一緒に行くよ」 「良いって、一人で行くから」 えっと、と陽太は困ったように眉を寄せた。 「バーガーっていくら?」 「1000円」 諒は適当に言うと、陽太は戸惑ったように1000円財布から出した。 諒はそれを奪い取り、 「じゃーな!」 部室を出ていった。 残された陽太は、部室で一人ため息をついた。 がらんとした部室に他に人はいない。部員は何人かいるが、ほぼ漫研のような状態で、美術的な絵より、マンガの絵を描く人が多かった。 陽太はそんな中、一人美術の絵を描いていた。 一か月後、陽太のポスターが昇降口に張り出された。 「なっ!?」 諒はそのポスターを見て一目で陽太のポスターだと理解した。 賞にはならなかったものの、斬新なものとしてそこに貼られていた。 諒は放課後、美術室へ行きドアを勢いよく開けた。 「おまっ、なんだよあれ!」 陽太はスケッチブックに向かい、また何かを描いていた。 「えっ、諒!!?」 陽太は慌てて立ち上がり、スケッチブックを閉じた。 そこへ諒は早歩きで迫る。 「あの、ごめん。モデルしてもらったのに賞、取れなくて」 陽太は困ったように言った。 「そんな事より、あのポスターすげーじゃん!かっこいい!」 「えっ」 想像してなった諒の言葉に陽は目を見開いた。 「あんなポスターになるなって思わなかった。スケッチブック見せてよ!」 諒は陽太のスケッチブックを取ろうとして、強く陽太に止めらた。 「だ、だめ!見せるための物じゃないから!」 「モデルしたんだからちょっとくらい良いだろ!」 「それはモデル代払っただろ」 「払ったってモデルをした俺には見る権利があるはずだぞ」 そう言われると陽太は言い返せなかった。 「でも、だめだよ。見たら引くよ」 「なんでだよ、あんないい絵描くのに引くわけないじゃん」 諒は無理やり、スケッチブックを奪って開いた。 そこに描かれている絵を見て固まった。 そして、数ページめくって自分がモデルをしたであろうスケッチのページを見つけ手を止めた。 「これ……」 そこには諒のスケッチがきれいに書かれている。めくったページ全てに。 「あの、ごめん。諒って勢いがあって、描くモデルにすると絵が生きやすくて」 描かれている諒は、走っていたり、ジャンプしていたり、躍動感がある絵ばかりだった。 いつ描いたのかは想像がつく。 諒は帰宅部で、この部室の近くで友達とよく遊んで走り回ったり、サッカーやボールの投げ合いをしていた。その自分を描かれていたのだと気づいた。 「いつの間に描いてたんだよ」 「ごめん、気持ち悪いよね」 陽太は気まずそうにうつむき言った。 「いや、気持ち悪いというか。なんかいい」 「え」 陽太は再び驚き顔を上げた。 「俺ってこんなにかっこよく見えんの?ポスターもだけどなんかすごいかっこよく描いてくれてたじゃん!半獣っていうかキメラっていうか。人間部分俺だろ?すごい良かった!あれで賞取れないとか理解できないんだけど」 ポスターは鳥を人として見てほしい、大切にしてほしいそういう意味で顔は人、体や髪には鳥の羽が生えたような姿が描かれていた。 体の所々は人で、椅子に座りその姿は力強く生きている鳥を表現していた。 「別にいいんだ。賞を取れるとは思ってなかったし。けどああいうの描きたくて」 陽太は褒められたのがうれしくてほほが紅潮していた。 「じゃあなんであの時、だめとか言ったんだよ」 あの時、それはモデルをしたとき。陽太はそれを理解して、目を泳がせた。 「その、諒が目の前にいると緊張して、諒の良さをうまく描けなくて」 「こんなにいい絵なのに?」 開いていたスケッチブックを諒は示す。 「これは、その……」 陽太はためらいながらも数ページ前を開いた。 そこには先ほどとは違う諒の絵があるが、描き方がすこしおかしいのか、デッサン力が明らかに落ちていた。 「遠くから見て描く分には平気だったんだけど。目の前にいられると緊張して。うまく描けなかったんだ。だから、ごめん」 「なんで緊張してんの?」 諒が効くと、陽太は顔を赤くした。 「それは……」 数秒の沈黙が流れた。 「俺ってそんな怖い?」 諒から出た言葉に陽太は反射的に首をふる 「ちがくて、カッコいいから!」 陽太は言うと、恥ずかしさから顔をゆがませた。自分で言って驚いたように後ずさって、置いてあった椅子に足を引っかけ転び尻もちをついた。 「おい、大丈夫か?」 諒が歩み寄って陽太の目の前でかがみ、顔を寄せた。 「だ、だ、大丈夫!」 陽太の顔はさらに赤くなり、耳まで赤く染まった。 「なんでそんなに顔赤いの?」 「ごめっ、見ないで!」 陽太は両腕で顔を隠した。 しかし、諒にその腕を引かれた。そのまま立ち上がるが、足元がふらつき反対の手で机に手をついた。 「まあいいや、バーガーでも食いに行こうぜ」 「え、なんっ」 強引に陽太の手を引く諒 「お前、バーガーが1000円もするわけないだろ。まだ金余ってるってのおごるよ。もともとお前の金だけど」 「でも、それはモデル代で」 諒は足を止め振り返った。 「お前さ、本当に鈍感なの?それとも俺を試してるの?」 「あの、えっと」 諒は陽太の反応を待つが、陽太は混乱したように首を傾げた。 「まあ、そうか、分かった」 諒はため息交じり言って、陽太の手を離した。 「で、どうする?行くの?バーガー食いに」 諒が聞くと陽太は、戸惑いながらもうなづいた。 「行く。一緒に行きたい」 「そ、じゃあ行こう」 「うん、でもちょっと待って、片付けするから」 と陽太はスケッチブックを棚に置き、イーゼルをたたんで定位置に戻した。 お互い気持ちに気付いているが、それを口にするのはまだ先の話になりそうだった。

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