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きみに、恋ひらく。

「砺波(となみ)が男とか、まじで違和感あるわ~」 「分かる分かる! 髪サラサラだし、肌は白くて艶々だし、目もおっきくて睫毛長いし! 私ら女子よりそれっぽくて可愛いもんねぇ」 「そりゃお前らのレベルがなぁ」 「ひどぉ~い!」  みんなが楽しそうに笑う中で僕は、ただ苦笑を漏らすことしかできなかった。  昔からそうだった。僕は、あまり〝男〟として認識してもらえない。  可愛いねって褒められることはあっても、格好いいねなんて言われたことはないし、家族でさえも僕を女の子みたいだと言った。  小さいころはみんなと同じで背も低かったし、女の子みたいだと言われても仕方ないと思える姿だった。だけど今は、十分背も伸びて身長は百七十六センチある。それなのに…、 〝砺波が男とか、まじで違和感あるわ~〟  じゃあ、僕が女の子だったら、違和感はなくなるのだろうか? 僕が男でなくなったら…みんなは笑ったりしなくなるのだろうか?  ◇ 「こんにちはー! 忍でーす!」 「いらっしゃーい! 麟太郎なら部屋に居るよー!」 「おじゃましまーす!」  僕の隣の家で暮らしてる寿川麟太郎(すがわりんたろう)くんは、幼稚園から仲が良い幼馴染。玄関で一声かけるだけでお宅へお邪魔できるのは、昔からの付き合いあってのものだ。  奥から聞こえたおばさんの声に促され、玄関をあがると急いで彼の部屋まで駆け上がった。 「りーんちゃん」 「おい、その呼び方やめろっていつも言ってんだろ」  ベッドの上に寝そべったまま、部屋に入ってきた僕を睨み付けるその目付きは、周りから〝凶悪〟なんて呼ばれている三白眼。だけど僕からしたら、男の子らしくてとても格好良く見える。凄く、憧れる。本人は昔から嫌がってるけど。  そんな幼馴染の目付きが、僕を捉えた途端更に凶悪に歪んだ。 「……なにその恰好」 「へへ、どう? 似合う?」 「なに言ってんの、お前」  唾でも吐き捨てそうなその表情に、僕の胸がズキっと痛んだ。 「でも、似合うでしょう?」 「似合うとかそういうことじゃねぇだろ。なに考えてんの? 女の服だろ、それ」  いま自分が身に纏っている服に視線を落とした。  裾に黄色い小さな花の刺繍が散りばめられた、白くてふわふわしたワンピース。 「栞(しおり)ちゃんに借りたんだ……変?」 「栞姉、止めなかったのか? 男が女の服着るなんて変だろ」 「そうじゃなくて…僕は…」  ふわりと空気に揺れる、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめる。 「僕は…この服が似合ってるかどうか、それが知りたいんだよ…」  麟ちゃんが、寝ころんでいた躰を起こしベッドの上で座った。 「なに、お前は女になりたいの?」  その質問に冷や汗が流れた。渇いた喉でなんとか唾を飲み込むと、やたら大きい音が出た。裾を握る手に汗が滲む。 「僕は…ぼくは…女の子に、なりたい…」  麟ちゃんの目がスッと細まった。 「それ、いつから思ってた?」 「え?」 「女になりたいって、昔から思ってたか?」 「あ…」 「お前、身長伸びたの喜んでたじゃねぇかよ。百八十は欲しいとか、大柄の女にでもなりたかったのか?」 「それは、その」 「確かにお前は可愛い顔してるよ。下手したらその辺の女より綺麗だし。でも、だからって俺はお前を女だと思ったことは一度も無い。女々しいとも、ナヨナヨしてるとも、オカマっぽいとも思ったことは無い。お前が女になりたいなんてデカイ悩み抱えてたようには見えなかったし、今もそうは思えない。で、誰に何を言われた? 俺が殴ってきてやっから言ってみろ!」 「…ッ、」  また唾をぐっと飲み込んだのに、その代わりみたいに目に涙が滲んだ。 「だって、だってさ…僕が男であることに、違和感があるって言うんだ」 「誰が!」 「学校の子達だよ! 高校だけじゃない、今までみんなそうだった! みんな僕を女の子みたいだって言う! 家族だって同じだ! 僕は家でこの服を着たんだよ!? でも誰も止めなかった! 麟ちゃんに見せるって言ったら、いってらっしゃいって笑顔で送り出されたんだ!」 「お前…頭良いくせになんでそこは馬鹿なの?」 「な…」  麟ちゃんは、心底困ったと言うように眉を寄せた。 「栞姉は面白がってるだけだし、おばさんは冗談だって思ってるから笑えるだけ。お前を娘だと思ったことは無いだろうし、息子であることを誇りに思ってるよ。お前が女になりたいなんて言ったら、許してくれるだろうけど…きっと泣く」 「麟ちゃん…」 「お前のクラスの奴らだって、今までの同級生たちだって、みんなお前を本気で女みたいだなんて思ってねぇよ」 「でも…」 「お前身長いくつよ」 「…百七十六」 「あれ!? 抜かれた!」 「麟ちゃんいくつ?」 「…百七十三。忍、足のサイズは?」 「二十八だよ」 「デケぇな!! ふざけんな!」 「何で怒るの!?」 「怒るわ! そんだけ良い躰もっといて、なに弱気になって女になりたいとか抜かしてんだアホ! 誰になに言われたって、お前が男であることに違和感がねぇならそれでいーんだよ!」 「ううっ、麟ちゃん格好イイよ~!」 「ぐえぇぇ」  麟ちゃんの心の篭った言葉が本当に嬉しくって、僕は思い切り彼に抱きついた。そしたらその反動で麟ちゃんはベッドにひっくり返って、僕の下敷きになった。 「おまっ、重い! 細く見えんのに何でこんな重いの!? え、なにこの躰」 「え、なに? 僕の躰おかしい?」 「おかしいっつーか腹バッキバキじゃね!? 固い! ちょっと見せてみろ!」  僕の腹筋を見ようとして、麟ちゃんが僕の着ていたワンピースの裾をたくしあげた。 「なっ、シックスパックー!?」 「きゃぁ、麟ちゃんのエッチー! ……て、あれ?」  突然黙り込んでしまった、僕の下の麟ちゃんを覗き込む。 「麟ちゃん?」 「…りぃ…」 「え?」 「ずりぃ! こんななるまで俺に黙って筋トレするなんて、卑怯だ!」  筋トレなんてしてないよ、って。言うのはちょっと止めておいた。だって麟ちゃん、涙目になってるんだもん。 「泣かないで麟ちゃん」 「泣いてねぇわ! 何したらこうなった!? プロテイン飲んでんの!?」 「の、飲んでない…ってちょ、」 「腹以外も筋肉ついてんのか!? 見せろ!」 「ちょちょちょっ、さすがにそこは…! ってか麟ちゃんはどうなの!? ちょっと見せてよ!」 「やめろ! 俺のはダメだ! まじでダメダメダメ! あっ、やめっ、ダメだって! あっ、あぁあ!」 「……何してんの?」  ベッドの上で取っ組み合っていたら、いつの間にか栞ちゃんが部屋の入口に立っていた。その口はあんぐりと開いている。  ピタリと止まる僕と麟ちゃん。めくれ上がってたワンピースは何故か元に戻っていて、逆に麟ちゃんのTシャツは捲れ上がり、僕の手はその中に…。 「アンタたち、そういう…? 服貸してって、そういうこと…? え、女装プレイ?」 「ち、ちが! 栞姉! これはッ!」 「いいのいいの、何も言わなくてもいいのよ麟太郎、分かったから。私はアンタたちの味方だからね? …しかし、まさか麟太郎が下とはね…」  ああ、栞ちゃんが何か勘違いしてブツブツ言いながら去っていく…。 「まっ、待て栞姉! 違うって! おいどけよアホ忍! 栞姉の誤解解け!」  うん、分かってる、分かってるんだ麟ちゃん。僕も栞ちゃんを追いかけたいし、君の上から退きたいんだけど…。 「オイ…しのぶ…、お前、なんで俺の胸揉んでんの…?」  なんでか手が、止まらないんだよ、麟ちゃん。 「お前馬鹿か! 何興奮してんだよ状況見ろよ!」 「見てる…見た上で…興奮してるんだ」 「余計悪いわッ!」  見た目も中身も、僕よりずっと男らしくって格好いい麟ちゃん。  平凡だとか人相が悪いとか、周りは彼の容姿を言いたい放題言ってるけど、誰がなんと言おうと彼は、僕の理想の男の子なんだ。  そんな彼の躰が案外僕よりも華奢だったり、筋肉が全然なくて柔らかかったり、ちょっとだけ僕より手が小さかったり。  よく日に焼けた褐色の肌と、全く焼けてない胸元ととのコントラストが妙にやらしい。その上、女の服着た男にのしかかられて涙目になってたり…そんな姿見てると、何かこう…こう…下半身がなんか…。 「よく見たらその服後ろ閉まってねぇし! そんなバキバキな躰で女の服なんか着れぇえええっ脱ぐなぁ! おい、テメェ何ちんこ硬くしてんだ変態! 去勢すっぞボケ!」 「酷い! 男でいいって言ったの麟ちゃんなのに! こんな僕を受け入れてくれるのは、麟ちゃんだけなんだ…」 「ソレは受け入れませんよぉぉお!?」  ――母ちゃん助けてぇえええッ!!  叫んだ口に唇を当てて塞いだら、ものすっごいパンチを頬に喰らいました。  筋肉がなくても、麟ちゃんはちゃんと男の子です。   「え…、その顔どうしたの…!? 色がヤバイよ!?」  顔を真っ青にして僕を見るクラスメートに、にっこり笑って言ってやった。 「男の勲章、ってやつかな。ワイルドになったでしょう?」  もう二度と、女の子になりたいなんて思わない。  だって僕はもう、男としての欲望に目覚めてしまったんだ。  待ってて麟ちゃん。必ず僕は君より男らしくなって、いつかまた、君をこの躰で組み敷いてみせるから!! END

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