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言葉の呪い

人並みの人生を歩めていたと思う。  豊かな生活というわけではなかったけど、普通に学校も行けて、友達もいて、恋人もできて、結婚もした。  なのに、 『ごめんなさい、私、貴方より貴方のお兄さんのほうが好きになっちゃった』  兄は俺の結婚相手を寝取ったあとすぐに捨てたらしい。俺は信じてた人間二人に裏切られて人間不信に陥ったのに、この兄はどうやら人を裏切るという行為になんら躊躇がないようだった。 『ーー人聞きの悪いこと言うな、先に裏切ったのはどっちだよ』  そう兄が言ったのは、いつの日だったか。  今の俺は所謂引きこもりだった。  外に一歩も出ず、ただ家の中で、暗い部屋の中で蹲って、死ぬのを待っている。  そんな俺の面倒やら生活費やら、諸々を担ってる人間がいた。  玄関の方から音が聞こえた。帰ってきたらしい。別に嬉しくともなんともない、むしろ複雑な感情が腹の中を満たした。 「寝てんのか」  答えるのも面倒だ。でも答えなかったらそれはそれでもっと面倒なことになる。 「起きてる」 「起きてんなら“おかえり”の一言くらいくれよ~、お兄ちゃん疲れて帰ってきてんだからさぁ」  ……まさか、俺を裏切った兄に世話になってるなんて、そんな信じ難い話があるだろうか。  でも他に助けてもらう術なんてない。今の俺にはなにも出来ないから。  何も答えない俺に何を思ったか、ため息をついた兄は俺には馬乗りになって俺の首を絞め始めた。 「っ、ぁ゛……ッ」 「イアン~、“おかえり”は?」  首絞めたら声出ねえだろうが  兄は少し呆れた顔で、なんともないように俺の首を絞め続ける。 「お前の口はなんのためにあるんだよ、俺とお喋りするためだろ?そうじゃなきゃ存在する意味がねえ。お前は俺と以外話さなくていい、会わなくていい、そうだろ?」 「ーーッ、が、っ、げほっ!ーーは、ぁ……ッ」 「あ、大事なこと忘れてたな。あと俺とキスするためにある。今日はおかえりのキスで許してやるよ」  まともに呼吸する暇さえ与えられず、口の中に指を突っ込まれて舌を引っ張り出される。  舌に這わされる舌の感触が気持ち悪い。  どうせこのまま流れでセックスすることになるんだ。面倒くさい。 「ぁ゛ッ!ぃ、ぎぃ……っ!」  深く腰を打ち付けられ、何度目かわからない絶頂が近づいてくるのを感じた。  俺の足を持ち上げて俺の顔を見下ろしてる兄の顔は暗くてよく見えない。 「も、やめッ、ひぁあッ!あ゛、ぁあッ!」 「やっぱニートになってから体力落ちただろお前。締め付けも弱くなってさぁ」 「ー、は、ひゅ……ッ」  再び兄の両手が俺の首にまとわりつき、ゆっくり絞めつけてくる。 「……ッ、……ああ、やっぱお前は痛めつけたほうがイイな」  そう言って嗤った兄の顔は、嗜虐に満ちていた。  そして首を絞めたまま、兄は再び深く腰を打ち付ける。  呼吸ができず、喘ぎ声すら出ない。このまま死ぬんじゃないかと遠ざかる意識を感じたところで、兄は手を離した。  勢いよく酸素を吸い込んで噎せ込む俺を見て、兄は優しい手つきで俺の頭を撫でる。 「安心しろよ、俺はお前を殺さない。大事な弟なんだ、殺せるわけがないだろ?」  脳裏に、幼い頃の兄の姿が過ぎった。  お前は大事な弟だから、そう言って何度、俺の頭を撫でたことだろう。  今ならわかる、この言葉は呪いだ。俺はこの言葉を聞く度に、兄から、リアンから、逃げられなくなっていくんだ。 「俺たちは死ぬまで、死んでも一緒だ、なあ?イアン」

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