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第16話
「ン……っ……?」
目を開けた時、亘理は自分がどこにいるのか分からなかった。白く高い天井には見覚えがなく、自分が沈むようにして横になっている灰色のソファも記憶にない。いつの間に眠ってしまったのか――そう考えた直後、すぐに大きく吐息した。体が熱く、喉が異常に乾いていた。
「目が覚めた?」
「森永少佐……?」
ぼんやりとした思考を振り払うように、亘理は何度か瞬きをした。何故ここに森永がいるのかと亘理は思案し、そして車に乗った所まで思い出した。視線を動かし、そこがリビングであると確認し、恐らく森永の家なのだろうと理解する。
「どうぞ」
森永が、ミネラルウォーターのペットボトルを亘理に差し出した。受け取ろうとして、亘理は体に力が入らない事に気がついた。眠気のようなものは大分楽になっていたが、体の熱と目眩が、ひどくなっていた。いいや――目眩ではない。そう気づいた時、ゾクゾクと背筋を走り抜けた熱、その正体に亘理は気づいた。体が昂ぶっている。
「あっ、は……」
熱かった。熱を逃そうと大きく息をするが、その呼吸だけでも体がより辛くなる。ペットボトルを亘理が取り落とした。
すると森永がそれを拾い、キャップを開けた。
亘理の口元にそれを運び、静かに森永が飲ませる。
「どういう経緯かは知らないけれど、大貫中佐達に、亘理大尉は、おかしな薬を盛られたようだね。覚えている?」
「薬……っ……」
「君の家まで送ろうと思っていたんだけど、鍵がどこにあるか分からないのと、亘理大尉の具合がよろしくなさそうだったため、僕の家に連れてきたんだ」
「……お手数を……ッ」
必死で答えながら、亘理は悩んだ。薬が何かは分からないが、毒薬の方向だろうと判断した。これまでに大貫中佐にそのような事をされた記憶はない。だが、遇津雪野が、利用価値のある自分を毒殺するようにも亘理には思えなかった。だとすれば、森永少佐との昨日のやりとりを、何らかの手段で大貫中佐が知って、制裁をしようとしたという事なのか。それにしては、あっさりと帰宅させてくれた理由が分からない。
「どんな……毒物……なのでしょうか? 解毒薬は……」
「毒――というか、まぁ、わかりやすく言うならば、媚薬の類みたいだね」
「媚薬……?」
どういう意味なのか、一瞬分からなかったが、先程自身の体が反応している事には、亘理も気がついていた。
「何故そんなものを……」
「僕に聞かれても」
「やはり……森永少佐と話した事が露見して……くっ」
「その気配はないけれど、妥当な推測ではあるよね」
「ぁ……」
「色っぽくて困るな――まぁそういうわけだから、解毒薬は、強いて言うならば、SEXとなるのかな」
「……」
「僕で良ければ、お相手するけど」
そう口にしながら、森永がネクタイを緩めた。虚ろな瞳で亘理はそれを見ていた。
そして返事をする前に、唇を塞がれた。
「ン」
小さく呻いて唇を開けると、すかさず森永の舌が口腔に入ってきた。森永は亘理の舌を追い詰め、絡めとる。舌の裏側をなぞってから、歯列にそって蹂躙し、濃厚な口づけを落とした。巧みな森永のキスに、気づくと亘理は目を閉じていた。
森永の手が亘理のベルトを外し、性急に下衣の中へと差し込まれる。下着の上から一度亘理の陰茎を撫でた後、すぐに森永は、直接的に亘理の楔を優しく握った。その時になって亘理は、既に自身から先走りの液が垂れている事に気がついた。もう一方の手では森永が、器用に亘理のシャツのボタンを外していく。気づいた時には、シャツのボタンは全て外されていて、亘理は次に下衣を下着ごと下ろされた事を理解した。
「う……っ、ぁ」
迷うことなく森永が、亘理の陰茎を咥える。ねっとりと舐められ、唇を上下される度、亘理は体からさらに力が抜けていく事を感じていた。森永は唇に力を込めて亘理の雁首を扱き、舌先では鈴口を刺激する。
――自分達は、男同士である。
漠然と亘理は考えた。亘理の中では、男色というのは、通常の事柄ではない。
森永はと言えば、時折視線で亘理を見上げながら、大貫中佐の意図を考えていた。
十中八九、単純に亘理を喰らおうとしただけだと、森永は判断している。
森永にとっては、相手の性別は、さしたる問題では無かった。そこに愛があるか否かの方が重要である。例え一夜限りであってもだ。尤も、今回に関しては、薬を抜くという善意がある。あくまでも善意だった。据え膳を食べる理由を、森永は用意するたちである。
「ン、ぁ……っ……」
声を押し殺そうと、亘理は努力していた。必死で唇を引き結ぶのだが、吐息と共に声が漏れるのが止まらない。張り詰めた陰茎は反り返り、放ってしまいそうになる。亘理とて、過去には恋人がいた事もある。だが、いずれの彼女にも、このように丹念に咥えられた事は無かった。そもそも同性に口淫されるのは初めての亘理だが――そうでなくとも、森永とは経験値が違いすぎる。
「あ……待っ、出……ん、ン」
達しそうだから口を離して欲しいと亘理が言おうとした時、逆に森永は刺激を強めた。結果、呆気なく放ってしまい、亘理は肩で息をした。泣くような荒い吐息に気をよくしながら、森永が避妊具の四角い袋を取り出す。亘理が放ったものを飲み込んでから、森永は封を開けた。その表情には、うっすらと情欲が浮かんでいる。見ているだけで反応させられたのは、久しぶりだった。
「最初は少し辛いかもしれないけど、我慢して」
そう口にし、森永は一度亘理の頬を撫でた。視線でローションのボトルを一瞥する。ゴムを装着してから、タラタラと透明な液体を自身の陰茎に森永は垂らした。本当は中をほぐしてやるべきだとは分かっていたが、既に亘理は弛緩作用のある薬を盛られているのだから良いだろうと内心で言い訳をする。
「――っ、あ、ああっ」
森永が腰を進めた時、思わず亘理は声を上げた。力の入らない体で、何とか森永を押し返そうとしたが、森永の体に触れるのが精一杯だった。媚薬を盛られたというのは、既に亘理も理解してはいたが、頭の中では口淫までしか想像は出来なかったのだ。挿入されるなどとは、一切考えていなかったのである。
「あ、ああ」
しかし硬いもので貫かれると、全身が歓喜した。気持ちが良いと、嫌でも思い知らされる。それまで体中で燻っていた熱が、癒され解放されて行くような感覚だった。押し広げるように進んでくる森永の実直な陰茎に、思わず亘理は涙を零した。何故泣いているのかは、自分でも分からない。その内律動が始まると、嫌でも声が漏れた。
「ン、ぁ……ひっ、あ、ああ」
「大丈夫?」
車に乗る時も、同じ言葉をかけられたと、亘理は思い出した。だが今回は、森永の声は少し掠れていて、彼もまた吐息が荒い。森永を見上げると、その瞳がギラついていた。亘理は、この視線に覚えがあった。大貫中佐が朝見せた瞳の色と同じだ。だが、不思議と森永少佐には、嫌悪感が無い。
「大丈夫だ……っ」
敬語も忘れて、必死に亘理が答える。それを眺めていた森永は、熱い息を吐くと、腰の動きを早めた。激しく抽挿しながら、亘理の目元の涙を拭って、額に唇を落とす。
「あ、ああ、あ、あっ、うあ」
「そんなに締めないで――というのも無理な相談か。力、ちょっと抜ける?」
「無理だ」
「だろうね」
「や、ああっ」
一度森永が動きを止めた。そして亘理の呼吸が少し落ち着くのを待つ。
目を閉じた亘理が、その時、震える手を森永の首に回した。
「!」
予想外の反応に、森永はゾクリとしてしまった。結果、気づくと乱暴に突き上げていた。
「うあ、あ、ああっ、ああああ、や、やめ、あ、ああっ」
「ごめん、止まらない」
「ひっ、だめだ、あ、あっ、待ってくれ、あ、ああ!」
その時、森永の陰茎が、亘理の内部の感じる場所を突き上げた。亘理は涙を零しながら吐精する。森永の腹部を、亘理が出したものが濡らした。それを森永が実感した時には、彼もまた亘理の中で果てていた。
二人の荒い吐息が、無音の室内に谺する。
急速に体が楽になった亘理は――そのまま意識を手放すように眠ってしまった。
ゆっくりと体を森永が引き抜く。
「困ったな、ハマりそうだ」
ポツリと森永は呟いてから、後処理を始めた。そして空調を操作してから、分厚い毛布を亘理にかける。
「弱ったな、惚れそうだ」
森永のそんな声を聞いている者は、誰もいなかった。
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