107 / 440
【2020/05 友よ】③
南が長谷を外に誘って出ていった。講義が終わって校内の何処かに居るであろうハルくんにメッセージを送る。ものの数分で返信より早く、本人が直接部屋に来た。少し扉を開けると、その隙間から心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「あれ?呼び出しといて、入れてくれないの?」
取っ手から手を離して扉から離れると、ハルくんは自分で扉を開けて中に入り、施錠してから手を広げて「おいで」と言った。力なく抱きついたおれを受け止めて、ハルくんは持ち上げて抱きかかえるとそのままソファに座った。
抱きついたままハルくんの膝の上に座って、べったりとくっつく。ビニールコーティングの遮音カーテンで覆われた、灯りもついていない薄暗い部屋で二人きりで何をしているかなんて、散々噂になっていることも、教務からも言われて知っている。
ハルくんだって言われていると思うし、師匠の耳にだって入っていると思う。それでもおれには、何かあったときに八つ当たり同然のわがままを聞いてくれて、こうやって何も言わずとも寄り添ってくれるような存在はハルくんしか居ない。
「アキくん、今日何も食べてないんじゃない?なんか軽いよ?マックのアップルパイでもデリバリー頼んであげようか」
スマートフォンを取り出してアプリで見せてくれたが、注文は800円からだ。
「8つも食べれないよ」
「はは、8つはおかしいでしょ。えだまめコーンとアップルパイ2つとアイスティLとかで十分注文いけるから」
届け先をこの部屋に指定して注文をかけ、到着予定時刻を確認してからハルくんはテーブルにスマートフォンを置いた。おれの頭を抱き寄せて胸元に押し付けて、耳元で囁く。
「アキくん、今日どうする?ウチ来たい?」
黙って頷くと「じゃあ、今日は飲みの約束あるから、それ終わったらおれがアキくんとこ行くよ」と髪の毛を泡立てるかのように掻き回して言った。長い付き合いの中で、そんなこと今まで言われたことがない。顔を上げてハルくんに問い質す。
「誰と行くの?」
「アキくんが知らない人」
「その人、友達?」
「うーん、友達ではないなあ」
どうもあやしい気がする。ハルくんの目をじっと見つめて改めて問いかける。互いに怪訝な表情のまま暫くジリジリと睨み合う時間が続く。
「おれに何か隠したり嘘ついたりしてないよね?」
「なんでそんな猜疑心の塊みたいなこというの?」
次の瞬間、ハルくんが微笑むのを見て、おれは折れた。その隙を突いて、瞼や頬に立て続けにハルくんはキスしてきた。
「ねえアキくん、おうちでいい子で待てる?」
「待ってるけど、できるだけ早く来てほしい」
おれをソファの上に下ろして「わかってるよ」と言うと立ち上がり、ハルくんは部屋を出ていった。普段だったら怒ってハルくんに食い下がっているところだけど、今日はとてもそんな気分ではない。
明け方に母からの連続着信に叩き起こされて、そのまま病院に急行してそれきり寝てないから消耗しているのもあるし、ルーチンで摂っているサプリメントやプロテインも入れてないから身体になんとなく力が入らないのもあるけど。
何よりひとりで居ると何か没頭していないとどんどん悪いことばかり想定して勝手に消耗してしまう。お父さんはこれからどうなっちゃうんだろう。ハルくんが会う、友達でもないおれが知らない人って誰だろう。
寝間着代わりにしているスクラブに着替えて暫し寝逃げでもしないと保たなそうだ。寝たところで浅く2~3時間寝るのがやっとだけど、それでも寝ないよりはマシだ。仕掛りの仕事は別に急ぐわけでもないし、持ち帰ってやったっていい。
着替えて、加重毛布を出して、さあ寝るかと施錠しに扉の前に立ったとき、いきなりその扉が全開になった。驚いて固まっていると、扉を開けたのは長谷だった。その扉を開ける勢いも相まっていつにも増して余計にでかく見えた。
ともだちにシェアしよう!