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【2020/05 友よ】⑥

書庫に戻ると、小曽川さんも既に戻って仕事をしていた。 おれも近くの席に座って午前中のノートの整理をする。途中珍しく学生さんが数名見えた。先週の授業を聴講できなかったということで事前に問い合わせてきていた子に小曽川さんは録音データと配った資料を渡したり、その後数少ない先生のゼミの生徒さんが小曽川さんでいいので頼みたいということで研究の準備の相談に乗ってたりしていた。 あとは費用や申請の件で教務の方が見えたり、ちょいちょい人が来ることがあった。小曽川さんは「あの人は自分が集中したいとき横槍入るとあからさまに機嫌が悪くなるし、電池切れてるときは本当に使い物にならないから」と悪態をついた。でも「まあ反面、評価は辛いですけど指導は丁寧だし、仕事はそれなりするからなあ」とも言った。 「そういや小曽川さん、改めて確認なんですけど、先生説得するときって小曽川さんの名前を出してもいいですかね」 「出さなきゃ説明できなくないですか?てか、優明の結婚パーティ、長谷くんも来ない?向こうのほうがご親族多いから数合わせのつもりで。つながりとしては浅いし御祝儀張らなくていいんで。そのほうが、長谷くんも行くって言ったほうが、あの人の説得しやすいでしょ」 よかった、そして先生と一緒に出席できるのはちょっと嬉しい。素直に喜ぶと、小曽川さんも「よかったあ、助かる~」と喜んでくれた。 あと、もう一つ、地味に気になってたことがあったのでついでに訊いてみる。 「小曽川さん、前に先生は食べないって言ってたじゃないですか。あのホテルのラウンジ先生に連れてきてもらったときって先生も何か召し上がったんですか?」 「あ、あぁ~、うん、ディナーは肉類抜き魚介メインで出してもらってましたよ、でも…食べてたけど、やっぱ身体が受け付けなかったみたいで、帰りおれを見送ったあと、吐いたって言ってました。普段食べないから消化吸収うまくできないみたいで」 そんなに弱ってるのか。食を拒否せざるを得ない心理、餓死しかけた経験の影響の大きさを改めて感じた。そんな身体で、到底健康な状態とは思えない。実際にどうなんだろう。とくに一緒にいる間、薬を飲んだりはしていないようだったけど。 「それが、こないだおれ、やっちゃった日ですけど、先生を新宿で見つけて追いかけて、そのまま先生の家にお邪魔させていただいたんです。その、おれに見つかる前お母様に会って、フレンチトースト分けて食べたって言ってて」 「へえ~、意外!でもそれくらい柔らかくて、はんぶんこならいけるのかなあ」 「あと、朝にパン焼いて食べてましたよ」 「あ~、やっぱパンなのか~。その方が吐き戻しやすいからかもですね」 そう言えば、カフェテリアで朝食べたときもパン食だった気がする。 「前に本人が言ってました、食べたくなっても受け付けない場合を考えて、吐けるものしか食べないって。だからホテルで食べたとき、戻すのきつかったんじゃないかなあ。声枯れてましたもん」 しまったな。あのあとキッチンのパンとツナ缶はどうしたんだろう。先生食べたのかな。あと納豆と味海苔の残りも。食べるもの下手に買わないほうがよかったのかな。どうしよう、あとで先生が起きたら訊いてみないと。 小曽川さんはニヤニヤして「ところで長谷くんは、大石先生と今夜飲むことあの人には言ったんですか?」とディスプレイ越しにこちらをそっと覗いてくる。 「それが…大石先生にそこは口止めされてまして…」 答えると更にフフフと不敵に笑って「あら~それは大石先生企んでるかもしれませんね~」と言った。企んでいる?何を?目を丸くしていると、更に小曽川さんは言った。 「気をつけてくださいね、あの人のこと絡むと、いきなり性格悪くなる、アイツ腹黒だからって、あの人自分で言ってましたから」

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