146 / 440
【2020/05 友よⅡ】②
只の友達に、其処までの執着を抱くことあるだろうか。少なくともおれはそんな感覚を知らない。すべて投げ捨てるつもりで献身するなんて、それはもう、ある種の信仰、絶対的な愛じゃないか。
勿論、藤川先生の側が、大石先生のことをどう思ってるかは知らない。でも藤川先生は誰に対しても空気を読まない人間に思わせておきながら、巧みに相手の心理を読んで自分の望み通り動くよう操る術を持っていて、それを存分に駆使している気がする。
そりゃあそうだ、もともとは心理学者で精神科医だ。自閉症の傾向が素地としてあったとしても、それを補う方法を持っていて不思議ではない。あまりにも狡猾だけど、それが必要なものであれば使わない手はない。当然だ。
そして、それに互いが納得して持ちつ持たれつ、くっついたり離れたりしつつも長年連れ添ってきているなら、もうそれは友達なんかじゃなくてパートナーといって差し支えないのではないか。はっきり言っておれが入り込む余地なんかない。
「一蓮托生ってことですか、友達っていうか、現役で…それはパートナーじゃないんですか」
「どうなのかな、おれは勝手にそう思ってるけど、あっちがどう思ってるかだよな」
ああ、やっぱり大石先生もそう思ってはいるのか。
「現状としては、同棲してたけど今は別居してる。でも、別れたとも言ってない。そもそも一般的なカテゴリで括れる繋がりじゃないから、言いようがない。けど、基本的には友達だよ」
大石先生はおれの小鉢を手にとって、残りの肉や具をすべてよそって少しスープを足して差し出した。
「雑炊どうする、直ぐ食べる?」
「あ、ちょっと一休みしてからで」
おれの返事を聞いて、焜炉の火を消して一旦蓋を閉じる。胡座を組んでいた足を崩し、座卓と平行になって大石先生は寝転がった。掌を上に、そして額に手の甲を当てて目を閉じて言った。
「…アキくんは友達だよ、但し、たったひとりの、特別な、ね。…だから、君のあいつに関する質問や相談は承るけど、君には渡したくない。渡す気はないよ」
完全な宣戦布告だった。でも、大人が酔って寝転んで、そんな状態で宣戦布告するなんてことある?
「先生、おれのことちょっとナメてます?」
「そんなことないさ、ナメてたら端から相手しない。てか何訊かれるかなとか、何から話すべきなのかなって思って緊張してたよ、普段日本酒なんか飲まないのに飲んだら糖質多いからなんか変に眠いしさ」
なんだ、先生もおれと話すの緊張してたんだ。余裕のある態度に見えたけど、そう思わせないのはやっぱり年の功なんだろうか。
「こんな、渡す渡さないなんて言い合いしてんの耳にしたらあいつ、絶対『アキくん物じゃないもん!』って言うだろうなあ。寧ろ時間差で呼び出しちゃえばよかったな」
「よしてくださいよ、それは流石に修羅場すぎですって」
おれたち二人の間で大人気なくぷんぷん怒っている藤川先生を想像したら面白すぎて思わず笑ってしまう。
「てか、先生。そんな、渡さないとか死ぬとか殺すとか物騒なことばっか言わないでください。揃って藤川先生に散々振り回されて、最後まで見送って、老後おれと語り合いましょうよ。墓前で本当に思わせぶりでひどいやつだったって陰口言ってれば夢枕にも来てくれるかもしれませんし」
「どんだけ地獄耳の設定なの。そんなこと言ってたら、この会話も聞いてるかもしれないじゃん」
おれの言ったことが余程ツボだったのか、大石先生も笑った。
「あと、おれ本当に友達居ないんで、友達になってください」
「それは保留。あくまでも相談相手にしといて、今はね」
ともだちにシェアしよう!