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【2020/05 暗転】③
《第3週 水曜日 午後》
今週既に対応したご遺体の中にも複数感染に凭る急死や、別の要因で亡くなったものの調べると完成していたという例がそれなりに発生しているとのことだった。そしてその旨は当然藤川先生にも通達として送られているのだという。
「小曽川くんにも送ればよかったな、転送もしてない周知もしてないってどうしたんだろうねあの子、疲れてスイッチ切れてたかな」
お師匠さんは小曽川さんと隅で立ち話している。もしかして、おれが引っ掻き回した所為かもしれません、なんて、わざわざ割り込んで言い訳したいけど、言えない…。おれは各台を回ってデータや所見を確認して書類を書いていく。
防護服に密閉された状態で、N95マスクやフェイスガードでガチガチにホールドされた状態で動いているとあちこち擦れる。そして蒸散する水分と籠もる体温でじわりと暑く、汗が止まらない。気が遠くなってくる。
全面的に強制換気されており、すさまじい大きな音で業務用の換気扇が唸りを上げ、冷房も全台おそらく最低温度で風力も最大でかけているが、ほんのり空気が冷えているのが分かる程度で防護服の中は全然涼しくない。
それでも教員や助教の先生方と交代で時折休憩をもらって、一旦全て脱いで用便や水分補給をして、また消毒して着直してと対応し、なんとか定時までは乗り越えた。
「ご苦労さん、もう君たちは上がっていいよ」
お師匠さんが声をかけてくれたタイミングで、おれは尋ねた。
「あの、すみません、業務に関係ないんですけど、少しいいですか」
お師匠さんは思ったより年の取った人でもなく、声も張りがあって、いかにも体力があって健康そのものという感じの、先生とはある意味反りが合わなそうな感じさえする人だ。
「ん?いいよ、どうした?」
「藤川先生がこちらに転向した時指導なさったって聞いたんですが、先生ってどんな生徒さんだったですか」
しばらく腕組みをして「うーん、難しいなあ…」と呟いて、その上で「ちょっとシャワーして着替えて、部屋で話そうか」と提案してくれた。
小曽川さんはまだ手伝っていて、こちらをちらちらと心配そうに見ていたけれど、ごめんなさい小曽川さん、我慢できなかった。
心のなかでお詫びしながら、お師匠さんについて、身につけたり着ていたものを専用の回収箱に入れてからシャワーに向かい、消毒をしっかり済ませてから着替え、支給されたマスクを着用して校内を移動した。
研究室のある建物のなかの、空いている会議室を借りて話をすることになり、冷房が効いた部屋で良く冷えたイオン飲料をもらって飲むと一気に意識が明瞭になった。
「藤川くんとは、藤川くんが博士課程になってからだから、まあ僕なんかはそこそこのおとなになってからの、研究熱心で一生懸命小遣いさんしてくれる藤川くんしか知らないんだよね。藤川くんより年下だけど、同期の小林くんのほうがよく知ってるとは思うから後で呼ぶよ」
お師匠さん、法医学分野の教授のトップの緒方先生はそこまで言うと、スマートフォンを取り出し、おそらくはその小林さんにメッセージを打ち始めた。
そして、打ちながらおれに問いかける。
「長谷くんだったっけ、きみ、藤川くんに遊ばれたでしょう」
いきなり図星を指されておれは頷くしかなかった。
緒方先生は「やっぱりなぁ~だと思ったよ」と苦笑いして言った。
「あの子、研究者とか実務家としては優秀なんだけどさ、昔からね、癖がちょー悪いんだよなあ。大石くんもアレだし、よくあれで同棲なんかしてられるなと思ってたもの」
おれは思わず素直に「そんなにですか…」と呟いた。
更に緒方先生は続ける。
「てか知ってる?あの子がウリやってたの」
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