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【2020/05 野火】⑦

《第3週 金曜日 昼》 正午にはまだなっていなかったがシフト外で出勤したおれに飯野さんが「適当に飯行ってきていいぞ」と声をかけてくれたので、お言葉に甘えて署の斜め前のマンションにあるスーパーに弁当を買いに出た。 おそらく、ファイルの内容を見たらおれがショックを受けることは想定してたんじゃないかと思う。 さすが高級住宅地だけあって、全体的に惣菜やお弁当の質が見るからに高い。勿論その分割高感はあるけど、品ぞろえが良い。有名店のお寿司やクリスピークリームドーナツまで売っている。なんかすごい。 楽しんでウロウロしていたら結構な時間が潰れてしまった。でも、いい気分転換にはなった。 会議室に戻って、スマートフォンでSNSを流し見しながらひとり黙々と食べていると、大石先生からメッセージが来た。 「お疲れ様、起きました。アキくんのお母さんに連絡先教えといたけどよかった?」 いきなりすぎる。しかも事後承諾。アポとってあげてもいいよって言ってたから、大石先生から約束取り付けてくれるのかと思っていた。 「いいですよ。けど、向こうから連絡きた時判別できないので、おれにもあちらの連絡先教えて下さい」 返信すると間もなく折り返し、住んでいる施設の情報、部屋番号、電話番号とメールアドレスが送られてきた。名前は、藤川さくら。登記にあったのと同じ名前だ。 「感染症の対応で施設のハウスルールがどうなってるかとかわかんないし、直接連絡取り合ってみて。」 そこの確認もおれに丸投げ。思わず吹き出してしまった。安請け合いしといて結局それって。突っ込みたかったけど教えてもらえただけでも有り難いと思って堪えた。 「ありがとうございます。連絡してみますね。」 一先ず礼を伝えると「うん、じゃあ出勤するからまたね」と返ってきた。週末は泊まり込みとは聞いてたけど、こんな早くから行くものなのか。 いや、医療福祉系は夜勤こなせてこそ食い扶持になるっていうし、別に泊まりがある仕事自体は珍しくはないんだけど、今から行って、一体いつまで勤務なんだろう。前に芝公園で会ったとき月曜昼過ぎで、明けだって言ってた。 泊まり込みで尚且つ明けも残業が発生すると思うってのも、自分の仕事だって本来は1勤務24時間からの明けて午後上がり、休みがあって日勤や夕勤があって、また24時間とかだし、あるあるなんだけど。酔ってる上ボロボロだった気がする。 警察もポジションによっては泊まり込みが数日続くとか1週間以上休みがないとか、休み返上になることだってある。もしかして、救急救命も似たような状態だったりするんだろうか。 毎週末泊まり込みで連勤、明けて翌日一日休んで授業があって、指導があって、また翌日午後から週末いっぱい泊まり込み、という流れだとしたら、なかなかに過酷だ。 取り急ぎ教えて貰った連絡先を電話帳に登録した。そして、おそるおそる、電話番号をタップして架電してみる。 1分半ほど呼び出し音が鳴り、反応がないので切ろうとした時、通話用スピーカーから柔らかいながら聞き取りやすい声で「はい、藤川です」と聞こえてきた。 そして、おれが名乗る前に問いかけてくる。 「長谷くんで間違いないですか?」 「あ、はい、そうです。はじめまして…あの、なんか突然すみません…」 何から話していいのかわからず恐縮しきっているおれに、その人は言った。 「アキくんを発見したおまわりさんの息子さん、でしょ?」

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