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【2020/05 野火】㉑

意外だった。 「サークルとか部活動みたいなのは参加しないタイプだと勝手に思ってました」 「うちの学生、9割は何かしら入ってるよ。最初入ってなかったけど、おれも途中から入った」 さくらんぼの種と枝をそっと口から出して紙ナプキンの上に置く。アイスクリームと一緒に掬って少しずつ食べ進めているが、楽しくてしょうがないらしい。グラスを指でトントン叩いて、ゼリーを揺らしてそれを動画に撮って遊びながら食べている。 「先生、インスタのアカウント教えて下さい」 「えぇ~」 何もそんな渋い顔をしなくても。もうさっき関係はバレてしまったし、隠す必要もないので直球で攻める。 「なんでセックスとか同棲とかはよくてインスタはだめなんですか」 「は?そこ並べて比較する?やめてよ人の親の前でセックスとか言うの」 幸い、この会話はキッチンにいる先生のお母さんには聞こえていないみたいだ。 鍋や薬味が載ってたワゴンをおれの使い終わった食器やお茶したときのもの一式やアイス等を片付ける際に一緒に持っていって、洗い物をしたり、鍋を温め直している。 おれは怒るポイントそこなんだ…それ怒るとこなんだ…と思いつつ、次は奥の手に出た。 「教えてくれなかったら…さっきの先生がゼリー見てウフウフしているかわいい顔載せますよ…おれ、鍵垢で、何にも上げてなくて、誰とも繋がってないですけど…」 先生は暫くおれをスルーして黙ってゼリーを食べている。 やっぱり駄目か…と思っていたら、先生は左手でスマートフォンを操作している。画面にInstagramの自分のアカウントのQRコードを表示すると、こちらに本体を滑らせて寄越した。 「おれも鍵でやってて、誰とも繋がってないから好きにしな。でもその代わり、他の人に教えたら駄目だし、そっちもおれの写真上げたら駄目だかんね」 なんと、ちょっと不貞腐れつつも許可してくれた。おれは早速読み取らせてもらい、フォローリクエストを送る。本体を返すと、先生はすぐにリフォローしてくれた。 唯一のフォロー、そしてフォロワーとして先生のアカウントが表示される。 そこには、大学の構内、新宿の街、動物園や水族館と結構色んな場所があり、食べ物から景色から細々したものまでいろんなものが写っていた。そして自分のことは全く写していないのに、意外なことに結構周りの人の何気ない日常の様子を写した写真もあった。 「先生、やってただけあって撮るのお上手ですね」 「いや、でもまあ、スマホだと加工もできるからなあ」 加工してあるにせよ、先生の目にはそういうふうに世界が写っているんだと思うとワクワクしたし、それを見せてくれたことも嬉しくてたまらなかった。 ゼリーを食べ終えて、一息ついた先生に声をかける。 「そういえば先生、役員会って多摩でやってたんですよね?」 「そうだよ、だからハルくんが、終わったらちゃんと寄って報告してから帰れって言うから寄った」 大石先生…?もしかして、まさか…謀られた?そうだよ、あの人、腹黒いんだった…やられた…。しかも向こうはバチバチに泊まり込みで仕事中だし、絶対勤務中私用の携帯なんて見てないだろうし、わざわざクレームするわけにもいかない…。ああ、ほんともう…。 テーブルに突っ伏して両手で顔を覆って蹲っていると、察したのか先生はおれの頭を動物でも愛でるかのようにやさしく撫でた。 「まあいいじゃん。お前にも話さなきゃならないことあったし、帰りおれのとこも寄りなよ」 顔だけを上げて見上げると、先生はおれに目線を合わせるように身を屈めて小首を傾げて、憐れむような表情でおれを見つめて笑っていた。 「あの、昼間、今夜抱いてくれって言いたかったけど~って言ってたじゃないですか、そういうことですか?」 「さあねえ、それはどうかな」 いたずらっぽく言うと、先生はおれにスマートフォンのレンズを向けて一枚写した。

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