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【2020/05 速度と密度】⑫

先生はそのまま眠りに落ちてしまった。暫くは動けなさそうので、片側のセミダブルの羽毛の掛け布団を捲って先生を包むようにかけて、おれは浴室に向かった。給湯器の設定温度を少し下げて42℃でゆっくりとシャワーを浴びる。同時に先生が起きたら入れるように浴槽にも湯を溜めた。 先生が言っていたことをふと思い出す。 「餓死しかかったからその時に急激に萎縮して種無しになっちゃったんだよ」 と、いうことは、先生の最初で最後の子供が優明さんってことになる。やはりそうなると、きちんと養育費用払ってきたんだし、出てあげたほうがいいんじゃないかなあ、結婚式。余計なお世話かもしれないけど、タイミングを見て言ってみようかな。 先生のお母さん、アキくんは意志が強すぎるって言ってたし、簡単には折れてくれないかも。でも絶対に、出なかったら優明さんもその旦那さんも、小曽川さんも悲しむと思う。 何より、先生が身を削って陰ながら尽くしてきたのに出ないなんて、只でさえ現職の給食になってその後どうなるかわからないのに、それで結局退職とかなって小曽川さんとも縁が途切れたりして、優明さんとも縁遠くなってしまったら、先生自身も後悔したり、後で寂しくなって燃え尽き状態になってしまうんじゃないかと心配になる。 只でさえ、先生があんなことに手を染めた理由がお金のためだけに思えなくて、何か他の目的があったんじゃないかと思うと気持ちがざわつく。お金がほしいだけだったら態々そんな、反社会勢力に居る人間と繋がったりしなくたって、貢いでくれそうな金満家なんて他にも居るだろうに、何故立場が危なくなり兼ねないような事を。 一旦は洗ったものの、全身汗まみれになっていたので洗髪してそのまま頭からシャワーを浴びた。浴槽の半分ほどのところでお湯を止めて、もう1℃温度を上げて浴槽内の湯だけ追い焚きする。十分体が暖まるまでゆっくりと浴びて、浴室を出る時に追い焚きを止めた。 バスローブは置いてきてしまったのでバスタオルを腰に巻いて浴室を出た。リビングダイニングを通る時、そっと寝室を覗いたがだま先生は寝ていた。アイスがあると言っていたのでキッチンに向かい、冷蔵庫とは別途備え付けられているフリーザーを開けてみる。数段ある引き出しのうち1段がまるごとアイスで埋まっていた。 残しても保存できるやつがいいと思って、箱で買ってあるピノの中から各種類1つずつ、二人分出して小皿に乗せてベッドまで持っていく。 「先生、起きてアイス食べませんか」 ベッドサイドに跪いて声をかけると、先生が片目を開けて、まだ眠そうな顔でこちらを見た。お皿に乗せたピノを見せると「食べる」と言ってうつ伏せのまま小動物のように腕を前に伸ばして大欠伸しながら伸びをして起き上がった。 「長谷、お風呂入ったの」 「あ、勝手にお借りしました。お湯溜めてきたんで先生も汗流してくるといいですよ」 頷いてから貴重なアーモンドのピノを真っ先に手にとって、封を切って先生は口に放り込んだ。先生のお母さんのところでセリーを食べたときのようなニコニコ顔で味わっている。もう1つアーモンドのを開けようとしたので声をかける。 「おれも一個アーモンドの食べていいですか」 「えぇ~しょうがないなぁ…」 渋々といった感じで封を切って、おれの口に入れてくれた。先生はもう1つ、ノーマルのを開けて口に放り込んで「あと食べていいよ、いってくる」と言って浴室に向かった。

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