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【2020/05 深度と濃度】⑤
手を洗って消毒して出ると、長谷が申し訳無さそうに困り顔で膝を抱えてしゃがんで待っていた。
「で、おれが何だって?」
「え」
おれに気づいて顔を上げる。
「…怒ってます…?」
「いや?てか、さっきおれが、謝るくらいならやんなよって言ったら、なんかお前言ってたじゃん。だって先生が~って」
腰に手を当てて前に身体を倒して顔を近づけて訊くと、でかいナリに見合わない小声でなにか言っている。
「だって、先生、なんでもテキパキ決めて動いて、なんでも買ってくれるような甲斐性見せてるけど、この人おれとしてるときあんななんだよなって、でも、知ってるのはおれだけじゃなくて、先生と肉体関係がある人みんな知ってんだなって思ったら…」
あれ?なんかこいつ、ハルくんにちょっと思考回路が似て来ちゃってない?悪い癖が遷ったか?
「いやいや、ちょっとおちつきなって、今からそんな浮かれて興奮して、一緒に暮らしたら毎日どうなっちゃうんだよ…」
長谷は急に顔を上げて凛々しい表情で言い返した。
「いえ、寧ろ一緒に暮らしたほうが安心して大人しく出来るかもしれないじゃないですか!」
えぇ~…どうかなあ…それは…。長谷は、普段は割と頑張って自制してるつもりだとは思うけど…一旦催しちゃうとなかなか止まんない感じだよねえ。
「さっき先生、躾の悪いわんこって言いましたけど、でも多分先生ほど悪い子じゃないです」
立ち上がって腰に手を当てて偉そうに言うのを見ておれは吹き出した。
「うるせえなぁ反省しろよ…ふふふ、だめだ、長谷めっちゃおもろ…」
使い捨てマスクを着けながら笑っていると、長谷もマスクつけるのを忘れていたことを思い出したのか口元に手を当てる。長谷にはハンカチと滅菌ガーゼを重ねたものを渡し、途中でマスク買うからそれまで当てておくように言った。
おれたちはそのあと、先ずこのあと作業したりうちで寝るのに長谷の着替えが必要だからとユニクロに寄り、その後また今度は地下に降りて惣菜を買い、食材や菓子も買った。アイスクリームを食べたり、フルーツジュースを買って飲んだりしながら買い物を楽しんだ。
あとでネットでアンダーアーマーのインナーシャツやスポーツ用マスクも買っておいてやると伝えて、タクシー乗り場に向かいそのまま家までタクシーで帰る。乗ってしまえば、あとは走行中窓を開けて換気しとけば問題はない。あとでマスクは箱でネットから買っておこう。
一息ついて窓を開けて走り出した車の中で話す。
「長谷、帰って飯食ったあとは申し訳ないが扱き使わせてもらうからな…おれはもう正直だるくて何もしたくないから任せるよ」
「いいですよ、楽しんだ分と買っていただいた分頑張ります、いい運動になると思いますし。でも、家具移動は1人で出来なそうなら呼びますね」
夜から朝にかけて2回、さっきの1回でもう3回も抜いてんのにめちゃくちゃ元気だ。めちゃくちゃやる気あるし。体力どうなってんだ。元アスリートで現役警察官って他にも居そうだけど、みんなこんななのか。
「うん。てかさ、長谷ってさ、警察学校出てから今までってどんなことしてたの」
「えっと、高3の冬に試験受かって高卒すぐで初任科入って10ヵ月居て、そこでひと通り武道打ち込んで、一旦島嶼部のおまわりさんになって、本土戻って第7機動隊って銃器レンジャーあるとこ入ってそのときはバスケ部にも入っててそこまでは寮生活でした。その後は父親が病気でぼろぼろになったんで世話しなきゃで寮出て一人暮らし開始して、一時的に警務係で内勤にしてもらって世話しに通わせてもらって夜間はジム通って、父親が死んでから募集回ってきたからそのまま内勤続けさせてもらって試験勉強して、無事受かって専門課程入って勉強して、やっと鑑識として署に配属になったところです」
ひと通り武道?機動隊?レンジャー?バスケ部?介護しながら夜にジム?
「なんなの?長谷は止まったら死ぬの?」
「なんで?人を回遊魚みたいに言わないでくださいよお」
おれがすごい形相で長谷を見ると、長谷は大笑いした。そして優しく微笑んで言った。
「おれからしたら、他の業務こなしながら勉強や研究ばかりし続けられる先生だって十分すごいですよ」
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