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【2020/05 不時着】⑦
いろんなことが頭の中を巡って全く気が休まらないのに、眠りに落ちることもできないまま、おれはベッドで仰向けに寝転んで、何処を見ているわけでもなく天井を眺めてぼんやりしていた。かといって、どのくらい時間が経っただろうと思うと、そんなには時間は経ってなくて、やけに時がすぎるのが遅い。
明日出勤したら、食事時間の1時間休憩や3時間程度の仮眠時間はあるとはいえど、24時間勤務、しかも始業は8時と世間と比較するとやや早く、休憩や仮眠は状況によってはとれるかどうかは未確定だ。今のうちにしっかり休んでおかないと。そもそも現場仕事に戻るのも久しぶりだ、飯野さんの手前もあるし、ちゃんとしないと。
でも、ふみさんの行方とか、先生とふみさんの関係とか、先生と先輩との関係とか、先生取り調べ大丈夫かなとか、昨日の夜のあのとき先生はどうしちゃったんだろうとか、先生はフラッシュバックのとき何が見ているのかとか、先生に求められたのに応じきれず役立たずだったこととか、それなのに先生は許してくれたのはなんでなのか、とか。
ずっと回し車に載せられたみたいに何度も頭の中で巡って止まらない。体を動かしにジムにでも行ってワークアウトすればそれこそ体に意識を集中して無心になれるけど、今のような状態だとこないだみたいにやりすぎてしまいそうだし、明日の勤務でバテて居眠りでもしたら大変なことになる。ダメだ。
おれは起き上がって脚を下ろし、乱雑に置いた荷物の中からスマートフォンを取り出してロックを解除し、ブラウザを開いた。プライベートなブックマーク代わりにしていたシークレットのタブを表示して、そのいくつかのうちにある、いつも利用している店のウェブサイトを開いた。
時間制なら適度なところで切り上げられるし、相手が居てのことだったら際限なくできるわけじゃないし、何より、せめて誰か居れば余計なことは考えなくて済むかも。こないだの子は出勤してるし、今はプレイ中みたいだけど間もなく終わるのか30分後からは予約可能になっている。
プロフィールを開いて、予約ボタンをタップしようとした瞬間、脳裏に自分の声で吐き捨てるように言うのが聞こえた。
「先生に求められたときは応じなかった癖に」
そんな事言わないでよ。だってあのときは、目の前にいるとき、先生があんなことのあとだったし、先生のいろんなことが頭にあるのに、先生にそういう事できる気持ちにはなれなくて、集中できなくて、仕方がなかったんだ。
「今だって先生のことで気を揉んでる癖に」
いや、そうだけど。
「先生相手じゃなきゃイケるって、先生に失礼なんじゃないの」
そうだけど、でも、こんな状態じゃ寝落ちることもできないよ。
「そうやって、先生のこと好きだって言いながら結局風俗頼って他の子抱くとか、誠意なさすぎでしょ」
でも、それ言ったら征谷さんにカラダ売ってんのにおれにちょっかい出してきた先生だって同罪じゃん。
「そんなの、それこそ言い訳じゃん」
ごめん、わかってる、今日だけ見逃してよ。
脳裏に、拒むこともなく目の前で先輩に抱き寄せられて深く口付けられていたときの先生の姿と、そのあとおれを見たときの表情が過る。せめて、あのとき先輩を拒むなり、躱すなりしてくれてたら。
胸の奥にぎゅっと引き攣るような痛みを覚えながらも、おれは予約ボタンをタップし、情報を入力して送信した。暫くするとカード決済のためにの認証画面のリンクが送られてきて、決済も完了した。
スタッフさんからの到着予定時刻を知らせるメッセージを確認すると、おれはベッド周りを簡単に片付けてタオルと着替えを手に風呂場に向かい、局部や臀部とその奥、周囲は丁寧に洗い、頭髪や全身も一通り洗った。
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