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【2020/05 秘匿】⑤

「あぁ、レシートはいつもどおりファイリングよろしく。おつりは…今現金手持ち少ないからもらっとくかね」 南が起き上がってこちらに歩いてきて銀行の封筒をおれに差し出す。中身を検めるとレシートと釣り銭が入っていた。レシートは時系列で並べて留めてあり、札も額面ごとにまとめてあり、小銭は五百円玉と百円玉だけが入っている。 「細かいのはお駄賃にもらっちゃいますね~、どうせ邪魔でしょうし」 ちゃっかりしてるなあ。まあ、実際そうだし、お駄賃ほしいならもっと本当はあげてもいいんだけど、自分からはくださいとは言わないよなあ、性格的に。まあ、帰りにまちおかで駄菓子でも買うといいさ。 「あ、そうだ南。今おれが此処に泊まってるってことはくれぐれも内密に」 封筒からカネだけ抜いてレシートの束を封筒に入れて返しながら言った。南は受け取って、肩から下げた鞄の被せの蓋を開けて、中のジッパー付きのポケットに折り畳んで入れてしっかり閉じて、蓋を閉めた。カネは下着を入れた収納ボックスの底に仕舞う。 「わかってますよ、安全確保のためなんですし。でも連絡にはちゃんと出られるようにしといてくださいよぉ、仕事とか用事あったら話来ると思いますから」 「あ~はいはい、承知しました。…てかさ、南」 一通り片付いて、クローゼットの扉を閉めて立つと同時に、おれは切り出した。 「おれ、これが片付いて身辺落ち着いたら、優明に会ってみる」 「え、」 突然のおれの申し出に、南が目を剥いた。 「だってさ、契約してた相手が死んじゃったから、ああいう人達とは縁が切れたわけだし、疚しいことももうないし。但、大学もクビかもしれないし、法人の収入だけだと今後は毎月のまとまった経済的援助ってのは多分できないから、誠意くらいは見せないとさ」 ベッドに戻って腰を下ろす。南はクローゼットの前に立ったままだ。驚いて固まって動けないんだろう。やや暫くして辛うじてこちらを向き直り、躊躇いながらおれに問いかけた。 「あ、あの、じゃあ、お式と、その後の先方のご家族との食事会も、出てくれます?」 「まあ、優明と旦那さんと、先方様がよければね」 南の目に安堵の色が広がり、心做しかじんわり目に涙が滲んで居るように見えた。 「…よかった、よかったです、優明、喜びますよ、ほんとに…先方のご家族は、優明の生まれや育ちについてはいろいろ複雑なのなんとなく察してすごく配慮してくれて、本当良い方たちなんで…大丈夫ですよ」 そしてそれは気の所為なんかじゃなくて、南は鞄の背のポケットからティッシュを出してそっと目元を押さえた。アイメイクが少し落ちて、ティッシュに赤紫色の染みができた。 「は~、ほんとよかった。じゃあ、おれ、優明に先生のLINEのIDとか連絡先教えちゃうんで、ちゃんと来たら承認なり返信なりしてやってくださいね」 「…は?え?ちょっと待って、なんでそうなるの?」 今度はおれが目を剥く番だ。 「今までしつこく教えて教えて~って言われても、先生の承諾が得られるまでは勝手に教えまいとガードしてたんです。結構攻防があって、おれ頑張ってたんですよ?」 「んな、でも、だっておれ、女の子なんて小林さんか、うちの掃除で出入りしてたユカちゃんか、直人さんの奥さんか、うちのお母さんか、研修医時代診てたクライアントとか、そのくらいしか免疫ないのに、おれ自分のゼミで女子学生取ったことないのに、そんな」 狼狽するおれにニヤニヤしながら南が近寄ってくる。身を屈めて、俯いているおれの顔を覗き込んで語りかけてくる。 「いいじゃないですか、もうどうせ会うって決めたんだし。小林さんがそうだったみたいに、会う前にテキストベースでコミュニケーションとって慣れといたほうがいいですよ」

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