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【2020/05 冀求】⑥

《第4週 木曜日 朝》 遺体を安置してある地域の体育館に到着し、作業前の最終確認を行う。 時期外れにできた前線による線上降雨帯によって齎された大雨による浸水があり、傾斜地では土砂崩れ発生による被害があった。現在雨は止んでいるが、崖崩れ・法面崩落でまだ救助に入れない地域もあるという。 土砂災害発生区域では瓦礫撤去や清掃の作業に入っているが、5m超冠水した箇所もあり、被害の大きかったところは今も行方不明者の捜索や救助の作業が続いている。直接土砂災害に巻き込まれたというのは地形柄少なく浸水による被害が多い。 現時点での死者は12名だが、現在収容されている遺体は氾濫した河川の流域にあった特養に入居されていたお年寄りのもので、主に溺死だ。行方不明者は50名超と推測されているがやはり溺死が多くなるとみられ、時間がかかれば遺体の状態は悪くなる。 しかも「今」「この地域は」一旦落ち着いたというだけで、前線はまだ僅かずつ移動しながらも居座っており、周辺地域とこれから前線が流れていく中国中部地方にかけて被害は拡大する可能性もある。その点からも時間を意識せざるを得ない。 とりあえず今上がっている遺体については先に到着していた現地の県警の検死官や医師らで記録や診療歴と照らし合わせて身元確認を終えて検案書の作成に入っている。このあと処置をして清拭し整容面を整えてお返しする準備があるのでその前に巡回する。 「小林さん、繰り返しになるけど面倒でもおれから離れないように。おれが手が離せない場合は必ず誰か同性に付添頼んで。しばらく新村は歯科診療記録の照合作業があるから別行動だし、こっちの作業はすぐ次に看護師さんたち入るから大丈夫だとは思うけど」 「大丈夫です、そもそも藤川くんから離れる理由がないです。だって、わたしたちの仕事って表向きは地方の被災地での監察作業の支援ですけど、実際は作業に参加しながら、ドサクサに紛れて殺された人間が居ないか確認することじゃないですか」 そうなのだ、災害で亡くなった方の身元確認するだけだったら別におれたちじゃなくてもいい。多摩にいる他の科員を送ればいいのだ。それをわざわざ緒方先生が小林さんにやらせると決め、おれについていけと言ったのは「事故死や自然死を装って運びこまれる他殺」を見慣れているからだ。 大規模災害が起きた際、住処や家族を失った悲しみや、そんな中であった感動的な話はクローズアップされるが、その影で起こる混乱に乗じた略奪や性的暴行などの犯罪、それに伴った殺害、その後の衰弱死、自死はあまり取り上げられず災害関連死の一部として有耶無耶にされる。 根本的な予防対策や被害にあった場合の支援は正直あまり進んでいないが、こうやって暗に殺された人間を探す人員をわざわざ召喚して配置するということは、現在はそれなりに認知はしているのだろう。…事後調べるんじゃなくて、そうならない手段を講じてほしいんだが。 「まあ、施設から出てるご遺体にそういうことはないと信じたいけど、昨今いろいろあるからやっぱ見ておかないと…問題はこれから出てくるものだな、やっぱ土とか水とか火があるとそれで誤魔化せると思う人間は多いから。実際わかる人間が見ればそんなことはないんだけど」 「あの、失礼を承知でお訊きするんですけど、藤川先生の親御さんのやってる病院とか施設で、なんか不審な怪我とか、不審死みたいなのって起きたことってありますか?」 本当に直球で失礼だよ。ちょっとはオブラートに包めよ。思わずマスクの中で吹き出して笑いを堪える。自分も似たような部分があるからこそ笑えるけど、一般的には気を悪くするだろうな。 「や、あったら普通にニュースなってるから。不穏になって自殺謀ろうとしたとかそういうのはあるけどね。実際は職員さんがダメージ負っても我慢してることのほうが多いよ。うちはこまめに上席者が聴取してフォローや配置換えしてるけど十分ではないと思ってる」

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