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【2020/05 冀求】⑮

丁度、綾子先生が発見した経緯を説明しているところだった。 「小林さん、移動中に急に音がしたって言って振り返って」 聴覚過敏がある故に気づいたということか。これは耳の聞こえ、聴力とは全く関係がない。通常の発達と衰退の経緯を辿っている人間には感じ取れない音が、聴力の良し悪しとか本人の意思に関係なく入ってくる。 おれもこの現象には憶えがある。さっきおれが小林さんに説明をしている間、周囲の音や会話が勝手に拾われて全部傾れ込んでくる状態だった。アレと全く同じだ。 この脳の発達の偏りによりおきる過敏さは聴覚に限らず、通常判別がつかない微妙の色の違いとか光に反応したり、特定の感触のものを好んだり或いは嫌ったり、様々な面で影響する。 同様に通常は感じ取れない気配のようなものなどを感じ取る人間もいる。非科学的と言われるものを察知する現象なんかも、詳しく調べて繙けば実際はそういう個々人の脳の発達特性とか過敏さに由来するものなのかもしれない。 実際調べたら面白いんだろうけど、こういう業界とオカルトっぽいものは親和性がないというか相性が悪い。よくてイグノーベル賞くらいしか取れなそうだし、寧ろこれまでの他の実績に傷が付きそうだもんな。誰も調べないんだったら調べてもいいけど発表はしたくないな。 等と思いながら話を聞いていると、防護服姿のまま腕組みして立ってるおれに気づいて綾子先生が吹き出して噎せた。その後も笑いを堪えながらチラチラこちらを見る。おれのことなんて気にしなくていいのに。 とりあえず、館内に不審なものがないかは引き渡し業務にあたり常駐している自治体職員や警察官が館内が混雑する前に済ませ、解散まで定時巡回してチェックすることが決まった。 それと、午前に搬入された遺体はおれたちが今担当しているもの以外の5体すべて家屋内や自家用車内での溺死で、施設内で見つかったご遺体も溺死であったため、今後も主に溺死が多くなると予測されるということは聞いた。 道路冠水・崖崩れ・法面崩落による交通経路の寸断があって搬送できているのはまだ近場のものだけという状況であることもわかったが、土砂崩れや崩落によって巻き込まれたという通報は多くないということも聞いた。 雨が続いていた期間の気象概況と、ヘルプが入る前の施設一箇所分のご遺体と今日の午前入ってきた数から想定するに、交通が回復したところからも徐々に入ってくるであろうことと、行方不明者がそれなりにいることを考えると10日後くらいまでは搬入が続くのではないか。 此処でできるのは1体あたり3時間、1チームが一日にやれる上限が3体、ここで実働してるのが4チーム、として12×10日で上限120まで。でも近い大学でも既に少数ながら受け入れてるだろうし、決して此処だけでやってないし全部が此処に入ってくるわけじゃないからそこまで過密にはなるまい。 主要道が寸断された地域にも入れるルートができればそっちからアクセス近い場所にも開設されるだろうし、徐々に入ってくる数は分散されて落ち着く。そうなると遠征でヘルプに来ている人間はだいたい帰れる。 しかし、おれはそうなると今度は徐々に「ちょっとあやしいので再度検めてほしい」とかで警察に呼ばれたり「ご遺族のケアにあたってほしい」とか「避難所に居る神経精神関係の疾患の患者さんの処方とか入院の手配お願いできませんか」とか今の仕事じゃなくて昔の仕事の領域でまで色々と頼まれてあちこち行く羽目になる。 同じ地域のあちこちに散在している大学や病院からそれぞれの分野の人間集めるより色々できるのを一人置いとくほうが都合がいいんだろうけど、呼ばれると毎度そんなだからおれだけ居残りになるんだよな。 いつ帰れるかな…と思っているとCTから戻った看護師さんが呼びに来た。

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