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【2020/05 葬列】⑧

博士課程に進むための面談の前に呼び出され、研究室で滾々と諭された。 「人の心の理論を理解してしまったが故に純粋に学問とか研究として向き合えなくなっている。自分のことから一旦完全に切り離すか、生活を立て直すことを考えたほうがいい。このままでは死んでしまう」 おれは術後の熱や浮腫みが引ききっていない状態で、意識レベルが落ちた頭でそれをぼんやりと聴いた。 「うちのような学科だと自分の問題の理解や解決のために入ってくる生徒は多いが、通常そういう生徒は自分の中で腹落ちするとすっと冷めて問題自体は何も解決していないのにその先を考えるのをやめてしまう。しかし、きみの問題はそう簡単じゃないのに、きみは追求をやめようとしない。並大抵の意志ではないと思う。でも、そのためだけに生きてはいけない」 その日の帰り、おれは学校の最寄駅では思いとどまり、最後に藤川の家に寄ろうと思い、歩いて本郷三丁目駅に向かったものの却って決意が鈍りそうだったのでやめて、後楽園駅に行き先を変えた。 そしてそのホームから飛び降りようとフラフラ近づいたところで、近くを歩いていた勤め人の男性に腕を引いて助けられ、そのまま駅員に引き渡され保護された。 おれはその頃そんな荒れた生活をしていたから、高輪のマンションの部屋に親やハルくんが来ても会う気力も合わせる顔もなくて、なんだかんだ理由をつけて避けたり、直人さんのところに泊まったり居留守を使ったりして、半年以上会っていなかった。 それが突然「迎えに来てやってください」と後楽園駅に呼びつけられ、そこでひどく窶れて、且つ術後の炎症に冒され、憔悴している状態のおれに対面することになって、迎えに来たお父さんは困惑していた。 でもお父さんは何も言わずにおれを引き取って、ハルくんがうちに来る前そうしていたように手をつないで家まで歩いた。 家に戻るとハルくんが居て出迎えてくれたけど、ハルくんも何も言わなかった。だけど言葉に出来ないまま悲しそうな顔でおれを見つめる目がつらかった。 以前は「今自分に向き合っているこの人がどんな気持ちなのか」なんて感じることができなかったからこそ自分のしたいように振る舞うことが出来ていたのだということに、そこで気づいた。 そして仕事を終えて戻ったお母さんが何が起きていたのかを知らず、家を出る前と変わらぬまま「ただいまぁ、アキくん今日何してたの?」と話しかけて微笑んでくれたことが嬉しいのにつらくて、おれは泣いた。 そのまま暫く藤川の家から大学に通ったものの、大学に通う子供二人が一緒に、しかも国試を控えている医学生と博士課程に進む院生が1つの部屋で寝起きし勉強するのは流石に無理があり、おれは高輪の部屋に戻った。 その間、直人さんから持たせられたポケベルが何度も鳴っていたけど、おれは連絡を返さなかった。なので高輪に戻って連絡を返してすぐその日、おれは直人さんのもとに呼ばれひどく打擲された。 おれは、誰かに罰してほしくてたまらなかった。殺してほしいとか死にたいとまでは思わなくとも、改めて捨てきれないその気持が重みを持って実感が迫ってきた。その願望を満たしてくれるのは直人さんだけなのだということも。 「…だからね、あの人達と過ごした日々はおれにとっては大事な時間だったんだ、ある意味。だけど世間的には非難の対象になるのは当たり前だし、おれだって本当なら馘首されたって仕方がないんだ、本当に」

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