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【2020/05 葬列】⑰

「明日休みなんです。来月入ったらもう本勤務で、シフトはあるけど実際にどうなるかは状況に応じるから読めないんで、必要最低限のもの運んでもう住まわせてもらおうと思ってます。今日受け取れて助かりました」 そうだ、そろそろ帰って準備しないと。 先生の家に大抵なんでもあるかと思うし、着替えさえあればいいだろうから大した量じゃないけど。 それより、今は待ち伏せされていないか、自宅に出入りするタイミングでまた佐藤さんに遭遇するんじゃないかが不安だ。今何か仕事しているのかも知らないし、向こうの生活パターンもわからないし。 運ぶのは一回きりにして戻らないでおこう。後を尾けられたら嫌だしもったいないけどタクシー使おう。知られたら先生の迷惑になる。 「一日でやるの?」 「はい、うち家具付きの物件で、おれ持ち物もそんなないんで当面必要なものだけ運んじゃって、あとは箱詰めだけしておいて、次の休み当てられてる日に赤帽さんにでも来てもらおうかなって。退去手続きはその次の休みとかで」 「じゃあ、もう今日はそろそろ帰る?」 スマートフォンを出して時刻表示を見ると21時近い。帰ったら23時近いかもしれない。 「そうします、なんかまたご馳走になって、おれの身の上話まで聴いてもらってすみません」 「謝らなくていいのよ、そういうときはありがとうでいいの」 一緒に席を立って、玄関まで一緒に向かう。 靴を履いて振り返ると、先生のお母さんは「さっき今度別の日お父さんに会いにって言ったけど、全部落ち着いてからでいいから。また来てね」と微笑んで言った。 おれは改めてお礼を言って、先生のお母さんの住む建物を後にして駅に向かった。 今日になって、一気に搬入されるご遺体が増えた。 やはり、例年の春先の荒天が多い時期や梅雨の時期とも違う、対策が手薄になりがちな時期に起きた水害だけに、思ったよりも人的被害が多い。今日だけで1チーム4~5体担当したと思う。 交通が復旧したところから土砂災害による被害も明らかになり始めて、自分たちの拠点にもその被害に遭われた遺体が運ばれてきた。 この辺りは近年水害や地震が多く発生していて地元の医師や大学のチームがかなり慣れている。小林さんは綾子先生もいるそっちに合流してもらって、おれは遠征で来ている他の医師と仕事をした。 帰ってきたのは22時過ぎでホテルの食堂の時間には間に合わなかったが、戻ってきた時に声をかけてくれて備蓄品のカップ麺や野菜ジュースを分けてくれたので夕食はそれで済ませた。 食べた後早々にベッドの上に横たわりそのまま数時間寝入ってしまってて、起きたら部屋は暗く、小林さんはお風呂に入って髪を乾かしてちゃんと布団に入って寝ていた。それなりに音がしていたはずなのに、全く気づかなかった。 ぼんやりした頭で、着替えて、今日着てたものコインランドリーの洗濯乾燥機にかけて、風呂入って、歯も磨かないと…とは思うものの体が重い。塩気のある水分を摂って寝たから瞼もなんとなく腫れぼったくなってて重くて、目を開けるのすらだるい。 とりあえず今日まる一日見る余裕がなかったスマートフォンをポケットから出し、思うように開かない瞼に合わせて膝の上に置いて操作する。通知が溜まって画面に普段見ない表示がたくさん出ている。充電も切れかけだ。 面倒だなあと思いながら取り急ぎ重要じゃないものから次々消していくと、最後にお母さんからのメッセージだけが残った。 「長谷くんに鍵渡しました。明日休みなのですぐ荷物運んで住むって言ってました。只の同居ならともかく、おつきあいするなら長谷くん泣かすようなことしたらだめよ」 えぇ…なんで泣かす前提みたいなってんの…? てか、おつきあいなの…? ハルくんのときも思ったけど、よくわからないんだけど…一緒に住んだりセックスしたらおつきあいしたことになるの? おつきあいって、なんなの…?

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