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【2020/05 居場所】⑬
23時を過ぎて宿に戻った。
「今日が、ピークだったと思いたいですね…」
そう呟くと、災害支援の現場が初めての小林さんは本当に体力の限界だったらしくシャワーも浴びず、歯磨きすらせず、なんなら着替えすら放棄してベッドの上に腰を下ろすなりそのまま倒れ込んで寝てしまった。この日は食事をゆっくり摂っている余裕もなく、交代で仮眠時間を取ってなんとか乗り切るような状態だったから仕方がない。
おれはご遺体の引き渡しの対応をしていて、忙しかったとはいえそこまでの消耗度合いではないので風呂の準備をしている。どっちかというと、現地警察の方と書類を作成したりチェックしてその後の手続きをとりやすくしとくとか、ご遺族のメンタルのケアにあたるとかそういう業務による疲れなので大したことはない。まあ、それでも忙しいことに変わりはないけど。
実は、ちょっとした、というか案の定というか、予想通り新村とひと悶着があって今日からおれはそっちに回されたのだ。
年重の有名な先生や地元の大学の女性医師がいるチームに小林さんを入れてもらいガードを固め、新村と接触しないで済むよう他の先生方にも根回しした上でおれは災害支援に初めて来ている地元医師に検死作業の指導をしていた。此処まで念入りに手を打っておけば何事も起きるまいと正直思っていたが、結果的には起きた。
それは、交代で昼休憩を取り、戻る前に用便に向かった時だった。作業の合間に偶々用便に来た新村と鉢合わせてしまったのだ。おれは極力気にしないようにして、軽く「おつかれ」と声をかけて個室に入った。餓死しかかったときの影響で萎縮してマイクロペニスなので人から見られたくないというのは勿論あるが、座ってするほうが落ち着いて用が足せるのはその御蔭でもある。
聞き耳を立てて様子を窺い、用を終えて出ていったであろうことを扉の隙間から確認してから個室を出て、手を洗って消毒して廊下に出ると新村が待ち構えていた。とりあえず会釈して、スルーして戻ろうとしたら腕を掴まれ「無視すんなよ」と凄まれた。
「別に無視まではしてないだろ、変な言いがかりつけんな」
そう言って腕を振り払おうとしたが、そのまま壁に押し付けられた。
「藤川さんさ、まずい繋がりバレてこっち飛ばされてきたんだって?おれのこととやかく言えないですよね。もう教授の椅子、無理なんじゃないんですか」
顔を近づけてニヤニヤして言ってきた新村に、おれは身長差を利用して歯を狙ってヘッドロックをかました。やり返されるとは思っていなかったのか、あっさり崩れ蹲る。なんだ、ポーズだけかと呆れてしまった。じゃれ合ってボディコンタクトして遊んだりしたことがないタイプなのかもしれない。
「それでも、こっちは結果待ちになってる研究もあるし、教員一本で食ってるわけじゃないし、別に食いっぱぐれることはないからな。…お前と一緒でな」
女暴行してたドラ息子が体売ってた放蕩息子に喧嘩ふっかけたってブーメランにしかならない。だからこそ目障りなんだろうけど。
ほっといてサッサと戻ろうとすると、今度は脚を掴まれた。
「今度はなんだ」
「アンタさあ、それ以外にも色々あんでしょ?ERの大石先生とヤッてたとか、親殺した女とヤりまくってたとかさあ。マジ狂ってんじゃん。此処居る間におれにも一回ヤラせてよ」
…そこから暫し、おれの記憶はない。
後から聞いたところによると、おれは新村の顔面をノーモーションのフルスイングで蹴り上げ、剰え鼻と口から血を流してのたうち回る新村を口汚く罵りながら腹や股ぐらを蹴り回し、ウンコ座りで襟首を掴んで顔面に唾を吐きつけてこう言ったそうだ。
「手前ェも今此処で、すぐ死亡届出せる状態にされてえか?」
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