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【2020/05 凱旋】⑥

《第5週 月曜日 朝》 と、思ったら。 緒方先生に言われたのに、おれは気がつくと床に落ちていた。風呂上がりの小林さんに声をかけられて夢うつつのままベッドになんとか這い上がったが、その直後からの記憶がない。 しかもあんなにふたりともフラフラだったのに、おれより若いだけあって小林さんは一眠りして風呂に入って、朝起きたらもう割とスッキリした顔でいつもどおり飯を食べている。一方のおれは全然だめで、眠すぎて起きるのにも酷く時間がかかり、未だボンヤリしてしまって食事も進まない有様だ。 こういうときに無理をするとランナーズ・ハイみたいな状態というか、変に目が冴えて活動性が増したりする。でもとっくに限界は通り越してるからミスが多くなり、消耗が激しくなって眠れる体力もなくなって、不眠になってしまう。眠れなくなってくると些細なことでもダイレクトにメンタルにくるし、思考能力が落ちて無限ループに陥る。 「この状態で行ったらクソみたいなミスするかぶっ倒れる気がする…緒方先生に戻ってこいって言われちゃったし、今日一旦現場行って説明して途中離脱させてもらおうかなあ…遺体回収のピークの最中申し訳ないけど」 「いいと思います。昨日の時点で対応の落ち着いた地域からこちらに来てくれる方もいましたし、特に不審な状況のご遺体出てませんし、多分もう大丈夫ですよ。新村くんは離脱したし、不法侵入者も確保されたし。もう空港向かってその場で一番早く乗れる便に乗って戻っていいんじゃないでしょうか。なんなら私から伝えておきますし」 おれはお言葉に甘えることにした。小林さんにお礼を言い、食事は諦めて一足先に部屋に戻ることを告げて、席を立った。 離脱して、とにかく一旦自宅に戻る。そう決めて最低限の状態に戻った所持品を整理して鞄に詰める。 台場のホテルで缶詰になる想定で買ったものは置いていこう。 戻るにあたり、連絡しておくべき相手に次々と戻る旨のメールやらメッセージを送信する。 身支度している間に間もなく早々にそれに対しての返信が届き始める。 先輩からは、概ね直人さん殺害の背景の全容が明らかになりつつあることと、片岡は遺体で見つかったこと、相手方は直人さんが嘗て関わっていた隣国の組織も動いたこともあり壊滅状態にあること等、重要な報告が来た。 あとは、ふみとその親や由美子さんなどによって明確な報復指示があったことは立証できず参考人以上にならずに済み、実行役だけが正式に容疑者として拘留中であることとか、それどころか、ふみと先輩と警察で取引が成立したことまで。 「いいんですか?そんなこと漏らして」 突くと、先輩は「どうせツラっとした顔でログ全部消すやろ?」と返してきた。まあ、そうだけど。 「とにかく、もう安心して帰ってきてええよ。心配やったらうちに身を寄せたって構わんで」 まさかあ。先輩の家、奥さんもお子さんも居て、二世帯住宅で奥さんの親も一緒なんじゃなかったっけ?無茶でしょ。そもそも奥さん、先輩とおれの関係知ってるじゃん、怖いって。 「お気遣いどうも。でも、待ってる人もいるんでおとなしく帰ります」 待ってる人。 そう、藤川の両親とハルくん、長谷と、南に優明。 一応のおれの家族、家族同然の人、家族に多分なる人、家族のはずの人。 そして、おれにとってはおれの研究室と、緒方先生から借りて改造したあの部屋こそがおれの本当の居場所だ。帰らないとだめなんだ。 とはいえ、大学は当面行けないけど。 「やることができたのです。先輩と出会った頃あたりから、昨年度まで積み重ねてというか、継ぎ足し継ぎ足しやってたことがやっと報われたんで。表彰されることになって講演もやるので準備が必要なんですよ」 続けて送ると、先輩は「そうか、やっとかぁ。おめでとう。したらそれ終わるまでまたしばらく会えんなあ」と送ってきた。 その数秒後、ふと気がついたようにもう一度メッセージが届く。 「てか、そんな自分の研究秘伝のタレみたいに言うやつおらんで」

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