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【2020/05 凱旋】⑩

長谷の高い体温が暑いのにこのときは妙に心地よくて、おれはそのまま再び寝落ちていた。 次に目が覚めたとき長谷はベッドから居なくなってて、慌てて飛び起きた。ふらつきながら部屋を仕切ってる戸板とカーテンを開けると、リビングで長谷はソファの上で胡座をかいて呑気にテレビを観ている。 背後からのおれの視線と気配に気づいた長谷はこちらを振り返って「おはようございます」と言った。 「おはようじゃないよ、もう0時回ってんじゃん」 傍らに腰を下ろすと長谷は組んでいた脚を下ろして、おれの方を向いて改めて「先生、おかえりなさい」と言っておれに顔を寄せて、額と瞼に口づけた。 「…こんなダラダラ長く寝たのいつぶりだろ、なんか体中痛い」 帰宅したのが昼過ぎで、そこから一旦用便に起きて、暑くて重くて長谷が添い寝してるのに気づいて起きて、またそこから寝て、12時間近く寝ていたことになる。 疲れすぎて寝ている間寝返りも少なかったのか、身体が固まって軋む。大きく伸びをしながら、おれは長谷に話したかったこと、伝えようと思っていたことを頭の中で検索した。最初はやはりアレだろう。 「長谷、書斎ありがとう」 「あんな感じで大丈夫でした?」 「うん、てかさ、アレ」 「アレ?」 「あのフォトフレーム、どうしたのアレ」 言われた長谷は「あっ…」と言って、まるで叱られる直前のように、少し表情をこわばらせ身構える様子を見せた。おれの顔を見つめたまま沈黙している。 「いや、別に怒ってないよ?只、なんで飾ろうと思ったのかなって思ってさ」 暫くして、ようやく切り出した。 「…先生は、見て、どう思いました?」 「うーん、自分でも意外だったんだけど、嬉しかったな。そういう気持ちになると思ってなかったよ。意識してあの箱にあるものは見ないようにして、ずっと仕舞い込んでたからね。長谷だってそんな顔するくらいだから、勝手に出して飾られたらおれが怒る可能性はあるとは思ってたろ?賭けてたんじゃないの?」 おれがそう言って微笑むと長谷は少しはにかんだ表情になり、更におれが手を伸ばして胸元を突つくとその表情が緩み、綻ぶ。 「どうして飾ろうと思ったの。どんな気持ちで、なんでこの写真を選んだんだろう、って思って見てたよ」 また、ややはにかんだ様子を見せつつ暫く沈黙して、それから長谷は話し始めた。 「先生は色々あって、本当のご両親と離れ離れになって、新しいおうちでも色々あって、大石先生とも色々あって、娘さんの件でも小曽川さんとも色々あって、でも、愛されてるじゃないですか。先生のお部屋にお写真はなかったんで入れなかったですけど、亡くなった征谷さんにも。それがなんか、羨ましいのかもしれないです。だから。そのすべてをなかったことみたいに仕舞い込んであるの、なんとなく勿体なく感じたんです。それは全部勝手におれがそう思っただけで、完全なエゴなのはわかってるんですけど。それで、せっかく飾るんだったらできるだけ幸せそうな、誰かと誰かで一緒に写ってる笑顔の写真がいいなと思って、あのクローゼットに入ってる写真全部一枚一枚見て選んだんです」 「…羨ましい?」 問いかけると頷いて「おれは…そのうち気持ちの整理がついたら話せたらとは思うんですけど、多分誰かから愛された実感ってなくて、好きになるって気持ちもよくわかってないままで来てて、だから、先生が羨ましいんです、すごく」と、目を少し伏せて言った。 置いていかれた子供みたいな寂しそうな顔だった。 「先生が、飯野さんから預かったあの写真、あのフレームに一緒に入れようかとも思ったんですけど、違うなって思ってやめたんです。おれは結局、あの人には愛されなかったんで、違うなって」

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