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【2020/05 営巣】①

《第5週 火曜日 朝》 「もっと率直に言っていいのに」とおれが言うと、顔を近づけて傾けると、唇が触れた。 おれは口付けられて、最初「あ、やっぱそういうアレ?するのかな、てか、こんな時間から?明日仕事なのに?」と思ったけど、そういうのじゃなくて、本当に全力で甘えてきた。その後の甘え方といったらもう、自分の成長速度と大きさに無自覚な、育ち盛りの大型犬の子犬みたいだった。 押し倒されて乗っかられて、息ができなくなるほどぎゅうぎゅう抱きしめられて、それを宥め賺して「そろそろ休もう」とベッドに連れて行くもずっとその調子だった。そして絡まったまま寝落ちて、朝方になると長谷はひとり起きてジョギングにでかけ、戻ってシャワーを浴びて、コーヒーを淹れて食パンを焼き目玉焼きを焼いて簡単に食事を済ませ、サッサと身支度して、おれに「行ってきます」とキスして出ていった。 おれはその後も蓄積した披露を解消すべくダラダラ寝ていたのだけど、おれを包んでいた高い体温と温かい匂いと身体の重みや抱きつく腕や脚の圧力がなくなったら、普段しているように布団を巻き込むようにして抱きついててもなんとなくコレジャナイ感があって結局起きた。 そういえば帰宅して書斎に全部通信機器を充電したまま置きっぱなしだなと思って、書斎に取りに行くと各方面から連絡が入ってたのでとりあえず1つ1つ確認した。その中に、まさかの相手からの連絡があった。 「ふみ…?」 どうやらおれが「何かあったらこの人頼ればいい」と名刺を勝手に渡していた関係で、ふみは先輩の世話になって今回の件はうまく切り抜けたらしい。そして、今後は直接自分らと連絡とるなと。繋がりを持たないほうがいいと書いてあった。しかし、最後の最後には「もしどうしてもという時は先輩を通じて連絡すること」が書き添えられていた。 なぁんだ、結局おれのことやっぱ手放したくないんじゃん。結局手放す気ないよね?ふみって本当に天の邪鬼だよなあ。 続けて、他の連絡も順次確認していく。 緒方先生や小林さんから「必要があれば協力する」とメールが来てたけど、見立先生も慣れないショートメールで「おめでとう。発表に向けて頑張れ、終わったらみんなでお祝いしましょう」とメールくれていた。 ハルくんにも表彰の件が耳に入ったのか勤務明けてからお祝いと、一旦お父さんとお母さんに会いに来るよう連絡くれていた。お母さんからもハルくんから聞いた、お父さんに報告に来たらと誘いが来ている。 そして、南からも「いろいろ作成物あるでしょうから打ち合わせましょう」それと「優明の件、年末までには挙式させたいんでそろそろ」という話が来ている。 わかりきってはいたけど、やること多いなあ。何から取り掛かるべきか。 持って帰ってきた鞄が南に差し入れてもらった常備薬や何やで結構パンパンで型崩れしそうだったので中身を取り出して一旦片付けて、通信機器だけ持ってリビングに戻った。 返信は後回しにして、おれはキッチンに向かい冷蔵庫や戸棚を検める。 長谷が自分で買ってきたと思われるコーヒーを淹れるための道具やら、おれが買ったことないような長いバゲットやら、カルシウムやら鉄が添加された加工乳やら見慣れないものが色々増えている。 そして。 「あ…やられた…」 そう、おれのストックしていたプロテインとミルクティが倍速で減っていた。まあそりゃ、普段から体鍛えてる人間にはうってつけだもんなあ。しょうがない、もっと強化型のいいプロテイン買っておいてやるか。おれのは最低限体力維持するためのだし、美容目的のコラーゲン入りのだし物足りなかろう。 それにしても、人と生活を共にするのなんて、ハルくんと暮らしていた頃とか研究の為に頻繁に泊まり込んでたとき以来で、他者が自分の生活圏にいるなんて久しぶりだけど、昔のおれはその状況をそんなに柔軟に受け止められてなかった気がする。やっぱり、年取ったんだなあと改めて思った。

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