3 / 7

深夜食堂

「そういえば最近『たべるんぽ』の投稿はやめたの?」  峡さんが唐突にたずね、僕は思わず服を脱ぎかけた手をとめた。 「え――やめてはいないけど……」  フットライトが光るだけの部屋は薄暗い。僕はシャツを床にほうりだしてベッドに乗る。峡さんはヘッドボードにもたれて座っている。僕は彼の膝をはさむように足を開いて正面に座る。峡さんの雄に自分のそれを擦るようにしながらキスをねだる。峡さんの手が僕の背中にまわり、最初はかすめるようだったキスがだんだん深くなる。抱きあったままシーツの上に倒れて、おたがいの肌を弄りはじめると、すぐに言葉がどこかへ行ってしまう。僕は何を聞かれたんだっけ? 「……忘れてました――たべるんぽ……外食が減ったから――っ」  一応答えはしたが、その直後、僕は声にならない声をあげて背中をのけぞらせている。峡さんはうつぶせになった僕の尻の割れ目を舌でさぐり、前に回った指で僕自身を弄ぶ。一度に両方を責められると降参するしかないのに、強欲な僕はそれだけでは足りない。腰をもどかしく揺さぶって峡さんの雄の圧を求める。 「あっ――ああん、あ――」  奥を何度も突かれると喉の奥から止めようもなく声があふれる。外食が減るのもあたりまえだ。休みともなると峡さんのマンションへ来て、暗い寝室でこんなことをしているのだから。  以前は週末の宿題のようにこなしていた食レポがお留守になるのもしかたない。おまけに絶頂に達したあとの僕はシーツの上でうとうとして、そのまま眠ってしまうこともたびたびだった。  そんなときは深夜に眼が覚めてしまうこともある。いささか恥ずかしいことに空腹のためだった。やれやれ、僕の欲望ときたら。眠っている峡さんを起こさないよう気をつけながら僕はこっそりベッドを抜け出す。シンクの上の小さな明かりを頼りに水を飲む。コンロの上には鍋がひとつ。僕は蓋をあけて中をのぞく。今日の夕食に食べさせてもらったポトフだ。ちょっとだけ―― 「お腹すいた?」 「わっ」  背後で響いた声に僕は飛び上がりそうになった。恨めしく思いながらふりかえる。キッチンの戸口で峡さんが眼を細めている。 「夜食にするか。温めて。弱火で」 「……はい」  僕は逆らえずにうなずいた。峡さんはもう調理台に立ってバゲットを切っている。濃い青色の皿に盛ったポトフの具は、厚切りの豚肉とニンジン、ジャガイモ、カブのようなおなじみの野菜だけ。それなのに肉の味がスープにも野菜にもしみこんで、胃にひとりでに入るんじゃないかと思うほど美味しい。  そういえばずっと前、佐枝さんとTEN-ZEROのプロジェクトで会ったときも、ランチに美味しいポトフを食べた。カフェ・キノネだ。あの店のことは結局食レポに書かなかった。写真は撮ったからモバイルに残っているだろう。あれは美味しかった。でもこの峡さんのポトフだって、お金を出して食べたいくらいじゃないか。  顔をあげると峡さんと眼があった。がっついて食べるところをしっかり見られているのだ。これまた、なんだか恥ずかしい。  仕返しではないけれど、そのうちこっそり「峡食堂」の食レポを書こうか、なんてことを僕は思った。 *** 【塩漬け豚のポトフ】 (初出『まばゆいほどに深い闇』12.背中に花) 昔『私のフレンチキッチン』という、いまでは絶版になっている小さな料理本を買いました。いまだにこの本のレシピを参考にして、主に煮込み料理を時々作っていますが、作り方は完全に我流で適当になっています。『まばゆいほどに深い闇』でカフェ・キノネのメニューを考える時、この本を参考にしました。 【塩漬け豚】 多少準備はいりますが、煮込み料理に使えるフレンチ風塩豚です。 *ここでは材料は参照レシピのままの分量で記載しましたが、自分で作るときは肉の量にあわせて適当に変えています。作り方も参照レシピの通りではありません。スパイスも、粉末だったり手元にあるもので代用、チキンストックも固形スープでいいや……という感じです。 材料 豚肉のかたまり(肩ロースやバラ肉など) 1.2キログラム 塩 大さじ2 ◎塩漬け液 水 1.2リットル 塩 180グラム 砂糖 35グラム タイム 4本 クローブ 5個 白粒胡椒 20粒 ローリエ 3枚 ニンニク 2かけ 赤唐辛子 2本 ◎ボイル用スープ タマネギ 1個 ニンジン 1本 ブーケガルニ 1束 (手に入らないときはローリエのみで) チキンストック 800cc (または固形チキンスープ+水で代用) 1.豚肉に塩を振り、手でなじませたあとペーパータオルにくるみ、ジップロックのような口が閉じられる袋に入れる(肉が大きすぎて入らないときは適当に切る)できるだけ空気を抜いて口を閉め、冷蔵庫の棚へ。上から重しになるものをのせて一晩ほど放置する。 *肉から血が出てくるので、そのあいだに塩漬け液を作って冷まします。 2.鍋に塩漬け液の材料を全部入れて煮立て、冷ます。豚肉を洗ってペーパータオルで拭き、深めのタッパーかパイレックスなどの密封容器に入れ、肉が液から出ないように漬ける。冷蔵庫で1日か2日放置する。 3.タマネギを四つ割り、ニンジンも半分か四つ程度に切り、チキンストック(または固形スープの素と水)ブーケガルニと一緒に鍋に入れ、強火にかける。煮立ったら弱火にして、塩漬け液から取り出した肉を入れる。蓋をして1時間くらい煮て、火をとめてそのまま冷めるまで置く。冷めたら肉を取り出し、ラップでくるんで冷蔵庫で保存する。 【塩漬け豚のポトフ】 塩漬け豚 ジャガイモ ニンジン カブ セロリ(茎の部分) 塩漬け豚のゆで汁 1.塩漬け豚を2センチ程度の厚さに、ジャガイモ、ニンジン、カブは皮を剥き、食べやすい大きさに切る。セロリは5センチ程度の長さに切る。 2.鍋に塩漬け豚のゆで汁と野菜を入れて煮立て、あくが出てきたらすくう。野菜が煮えてきたら塩漬け豚を加え、十五分ほど煮る。 参照レシピ 中村晶子『私のフレンチキッチン 小さなソースパンで作る煮込み料理』(文化出版局、1998) |塩漬け豚《プティ・サレ》、ポトフ― ***

ともだちにシェアしよう!