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14 悠月編①

 秋が限界まで深まり、冬の足音が着実に近付いている。誕生日も近い。高校二年の誕生日だから十七になる。そういえば先生の誕生日を訊いたことがない。一体いくつなのか、正確な年齢も知らない。今度教えてもらわなくてはならない。そんなことを考えながら、九条悠月はつまらない体育の授業を終えた。   「なぁ九条、それ……」    隣の席の佐々野司が目敏くそれを見つけて指摘する。窓際最後列であることを利用して人目につかないようこそこそしていたのに見つけられ、悠月は少々面倒に思いながらも答えた。   「見た通り、ネックレスだよ」 「綺麗な石だな」 「正確にはガラス玉だ」 「ふぅん。沖縄の海みたいな色してる」    ご明察。修学旅行の際、啓一が向こうの店で買って、後日悠月にプレゼントしたものである。プレゼントというほどのことじゃないと本人は言うかもしれないが、受け取った側からすれば紛れもなくプレゼントである。しかも、お前の目の色に似てるからつい買っちまった、などと言われたらますます好きになってしまう、と悠月は思う。   「前からこんなの着けてたっけ?」 「体育のある日は着けてない。けど、今日は忘れてた」 「誰かにもらったの」 「……まぁ」 「へぇ。七海先生に?」    何から何まで聡い男だ。悠月の瞳よりはいくらか明るい、透明な薄藍色のガラス玉を手に取って、佐々野はいまだにしげしげと眺めている。悠月はその図々しい手を除け、ワイシャツのボタンを上まで留めた。さっと学ランを羽織り、席に着く。   「別に校則違反ってわけじゃねぇんだ。ほっとけ」    佐々野は何か言いたげだったが、すぐに次の授業が始まってしまった。    放課後、佐々野に呼び出されて図書室で待っていた。彼は掃除当番で、来るのが遅れた。文化祭以降は放課後会うことも稀であったから一体わざわざ何の用事だろうと考えながら、悠月は適当に本を読んで待った。本当は、こんなことをしている場合じゃないのである。普段なら、啓一の退勤を待ちながら自習室で勉強している時間だった。   「悪い、ゴミ捨てに手間取って」    佐々野がようやく顔を見せた。図書室には他にも生徒や司書の先生がおり、佐々野はやっぱり場所を変えようと言ってきた。図書室の隣の空き教室に移動し、佐々野は用心深く鍵を掛ける。   「他人に聞かれちゃまずい話なのか?」 「オレはいいけど、お前が困るだろ」 「は?」 「お前と七海先生の話だよ」    できてるんだろう? と、好奇の目を隠そうともせず彼は言い放った。悠月は一瞬、嵐が来る前の晩のように胸がざわざわと騒ぐのを感じたが、顔色を変えずに口を開いた。   「馬鹿らしい。何を根拠にそんなこと」    しかし佐々野も一歩も引かない。   「オレ見たんだ。修学旅行の最後の夜、部屋抜け出して七海先生のとこに行ってただろ」 「行ってねぇ」 「ラウンジで座って、缶コーヒーか何か買って、最後にキスしてたろう」 「……してねぇ」    己は今どんな顔をしているのだろう、と悠月は思う。動揺して蒼い顔をしているだろうか。羞恥と怒りで真っ赤に染まっているだろうか。   「なぁ、できてるんだろう?」 「違う……キスなんかしてない」 「じゃあこれは?」    いきなり耳に何かを詰め込まれた。雑音の奥から微かに声が聞こえる。   「なん……これ……」    佐々野がぱくぱくと口を動かすが、イヤホンをさせられているから聞こえない。今の悠月に聞こえるのは、酷い雑音と己の喘ぎ声だけである。    それは確かに悠月の声であった。一心不乱に啓一を求めて喘ぐ、己の最も恥ずかしい場面の声だった。羞恥で足が竦み、怒りで視界が赤くなる。顔に熱が集まるのがわかる。悠月は乱暴にイヤホンを引き抜き、床に叩き付けて踏み付けた。   「あっあー、そんなにしないで。壊れちまう」 「てめぇ、どういうつもりだ」    悠月は佐々野に掴みかかって睨み付けるが、彼は全く余裕そうな勝ち誇ったような面をして悠月を見下ろす。   「やっぱりそうなんだ。お前と七海先生はできてる」 「だったらなんだ。こんなので、おれを脅すつもりかよ」 「そんなつもりじゃなかったんだ。ほんと、興味本位で跡をつけただけで。声録れたのもたまたまだし」 「たまたまで許されると思うのか。消せよ、それ」    スマホを奪おうとするが避けられる。佐々野は悠月の手を払って襟元を正した。   「消せねぇよ。オレ、これをおかずに抜いてんだから」 「てめ……ほんと最悪だ。友達だと思ってたのに」 「今だって友達だろう? なぁ九条、オレは元々こんな趣味じゃなかったんだ。言いたいことはわかるよな?」    わからない。わかりたくもない。悠月は心の中で呟く。   「今度の土曜日さ、うちに来いよ」 「どうして」 「どうしても。これ、消してほしいんだろ?」  佐々野はスマホをちらつかせる。悠月は諦め、目を伏せた。どうしていつもおればかり、こんな目にばかり遭うのだろう。

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