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最愛の日々 4
***
「もしかして、あの晩のときの子かな」
ぼんやりと口にしながら、イオリは指を折り曲げて何やら数えていた。
どうやら、再びお腹に胎児 が宿ったようで、ここ数日は体調が思わしくなかった。
自分でもようやく気付いた変化は、まだオラガにも誰にも伝えてはいない。
激しい慕情に流されて抱き合った数ヶ月前の晩、確かにオラガは「三人目が欲しい」と口にしていた。神の言葉にはやはり強大な言霊の力が宿るのか――。
(オラガが帰ってきたら…伝えなきゃ)
そわそわとした落ち着かなさと共に、それでもイオリの胸の中にはどこか沸き立つような嬉しさもあった。
早く、産まれてくる赤子をオラガの腕に抱かせてやりたい。双子の娘たちの時と同じように、きっとこれ以上ないほどに破顔して幸せそうな顔をするのだろう。その顔が早く見たかった。
(そういえば、オラガが赤子だった僕を拾ったときはどんな顔をしたんだろう)
ふと、そんな疑問がわいた。オラガは、どんな思いで贄だった赤子の自分と向き合っていたのだろう。手のかかる人間の赤子など捨ておけば良かっただろうに、とイオリ自身も幾度も思った。
同じ犬神である我が子らの時とは違って、嬉しさなどなく戸惑いと困惑ばかりが彼の胸中を占めていたのだろうか。
(いつか、聞いてみようかな)
幼い頃から自分が嫌いだった。
贄だから、どっちつかずだからと理由をつけては卑屈になっていた。
けれども、そんな自分でもずっと愛してくれる存在がいつも傍にあった。
やがて自分がオラガに抱 いた慕情は、他と比べれば随分と濁っていて綺麗ではないだろう。全うに生きている村里の人間からしたら、嫌悪すらされるものかもしれない。
それでも、自分が注ぎ得 る最大限の愛情をただ真っ直ぐにオラガに与えていくことが自分の役目なのだとも思う。
そうして、彼との間に生まれた子どもたちや兄弟のヤトを愛し、育て、支えていく。
ちっぽけで無力な自分にも出来ることが、この場所には数多にあるのだから。
「かかしゃま」
「かかしゃま、だっこー」
「はいはい。さあ、もうすぐオラガとヤトも帰ってくるよ。そろそろご飯の準備をしなきゃ」
「「おてちゅだいするー!」」
駆け寄ってきた双子の娘たちを抱き上げた刹那、二人が揃って小首を傾げ、きょとんとしたままで顔を見合わせた。
そして――
「かかしゃま、あかちゃんがいるの!」
「ちいちゃいのー!」
勘はどうやら当たっていたらしい。
鋭い娘たちに先に言い当てられて、イオリは堪らず苦笑する。
「オラガにはまだ内緒にしていてね。僕が自分の口から伝えたいから」
「えー、アユもいいたいー!」
「サユもー!」
「だめだめ、僕が一番先にオラガに言うの。だから、二人は絶対に内緒にしててよ?」
腕の中で一気にぶうたれた顔をする娘たちをぎゅっと抱きしめると、イオリは楽しげな笑みを浮かべたままで空を見上げた。
長閑な山のざわめきに、ふと目を細める。柔らかな風が頬を撫で、そして何処かに吹き抜けていく。
春先の暖かな陽射しが、ゆったりと歩きだす親子三人を静かに照らし続けていた。
了
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