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第2話「一瞬の出来事」
「ヤレる、、」
フードの影が濃く、サングラスで顔はよく見えない。
けれど多分整った、自分よりも若くて見た目のいい顔をしているのは何となく見てとれた。
体型もガッシリしていて胸の厚みもあり、鷹夜より幾分も背が高い。
(何でこんな俺より何もかも恵まれてそうな子に嫌がらせされなきゃいけないんだろう)
30歳、独身、身長170センチ程度。
筋肉、あまりなし。
顔、普通。
自分のスペックを思い浮かべて、自分自身を憐れみながら鷹夜はとうとうぼたぼたと涙を流し始めた。
「ッ、!?」
鷹夜は感情ジェットコースターと影で呼ばれる程、上げ下げの激しい感情表現をしてしまう男だった。
人が少ない時間で良かった。
真っ先に家に帰るか、この辺にはあまりない居酒屋に行く為に足早に過ぎ去って行く人がいるだけで、泣いている鷹夜に気がつく人間はいない。
代わりに、目の前の男はギョッとして鷹夜を見下ろしている。
「やっ、、ヤレるとか、そう言うんじゃなくて、」
30歳になっても泣いている。
そんな自分が情けなくて、けれどここ最近本当に良い事がなくて苦しくて、鷹夜はスーツの袖で溢れる涙を何度も拭いながら、立ち去ろうとはしない男にせめてもの想いをぶつける事にした。
「ヤリたいとかじゃなくて、本当にッ、お、お金、貯めてッ、好きな子と、ぉ、おいしいもん食ったり、したいじゃんかあッ」
「え、なに、め、飯?」
突然の反撃に、男は明らかに狼狽えた。
「男だからッ、デート代は全部出したいし、たまに、サプライズでプレゼントとか渡したいし、そのッ、っゔ、、その為に金稼ぎたいなって、喜ぶ顔が見たいなってッ思うだろ普通ッ!!」
「はあ??」
ズズッと鼻をすすり、足元に落ちていた花束を拾い上げる。
「何言ってんのアンタ、キモ」
「知らねーよ若者の考えなんかッ!!」
「うわッ!」
バシッと花束が男の胸元に投げつけられる。
軽めに当たってまたコンクリートの上に落ちると、小さな白い花が少しだけ地面に散らばってしまった。
「お前が思ってるみたいな最低な男じゃなくて悪かったなあ!!ピュア街道まっしぐらだよクソボケ!!そりゃ若くて綺麗な子だなってはしゃいでたよ!!歳上ぶってたくさん色んな所連れてっていっぱい甘やかして早く結婚したいって思ってたよ!!悪いかよ!!クソみたいな会社で働いてるとなあ!!風俗行っても安らげねえんだよ!!疲れて勃たねえんだよ!!普通に恋して彼女作って彼女に貢ぎたかったんだよ!!」
そこまでを一息で言い切ると、流石に道ゆく人が立ち止まって鷹夜をジロジロと見始める。
「け、警察呼んだ方がいいかな?」
「呼ぶ?修羅場?邪魔しない方がいい?」
ヒソヒソと話す声さえ、もはやハッキリと彼らの耳に届いていた。
「騒ぐなよ!クソッ、人が集まってきたじゃねーか!」
「お前もっとまともな恋愛しろよ!!」
「ああ!?」
男は表情を歪めたが、鷹夜はそんなものに怯む事はなかった。
普段もっと恐ろしいと感じる上司からパワハラを受けているのだ。
こんな若者に逆らったところで、残業を増やされる心配も成績を落とされる心配もボーナスを減らされる心配もない。
「もっとちゃんと人のこと好きになってみろよ!!世界が変わるから!!こんなことする必要なくなるから!!」
「ッ、なに言って、」
何かハッとしたような顔だった。
男が下唇を噛む姿を睨んでから、鷹夜は最後にゴシゴシと目を擦り、足元に置いていた皮の鞄を持ち上げた。
「じゃあな!」
「あ、待て!!」
鷹夜が駅の改札へ向かおうと歩き出すと、男は彼へ手を伸ばした。
腕を掴んで引き留めようとしたその瞬間、小さな人だかりの中で女の声がした。
「ねえ、この声どこかで聞いたことない?」
「ッ!」
その声で、男は鷹夜の後ろ姿を一瞬睨み、悔しそうな顔をしながらそそくさと走って何処かへ行ってしまった。
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