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第94話「前進」

「では、第2話の見所はどこでしょうか!竹内さん、お願いします」 「はい!」 昼どきのバラエティ番組が部屋の前方にある大型モニターに映し出されている。 大体チャンネルは固定されていて、12時から始まる「昼レギュラー!」と言う番組が大抵は流されるのだ。 昼休みにいつもの休憩室に来ていた鷹夜がたまたま聞こえてきた声にそちらを向くと、大画面に芽依の姿が映し出されていた。 「あ。竹内メイのドラマ始まったんだ」 駒井は焼かれた鮭の切り身を頬張っている。 「今田、1話目見た?」 「見ました。完全復活ー!って感じでしたよ。相変わらず役に入ってちゃんと演技してました、竹内メイ」 「へえ〜、俺見てないわ。見ようかな」 羽瀬はまたテレビを見るために鷹夜達のテーブルに来ていた。 芽依と会ってから1週間が経ち、いよいよ始まったドラマ「僕たちはまだ人間のまま」は、2日前の水曜日に第1話が放送されたばかりだ。 「、、、」 ちなみに、鷹夜はその日はリアルタイムでは見ずにドラマを録画して、今日の夜に芽依が家に来て酒を飲みながら一緒に見る予定だ。 これは鷹夜が提案したもので、芽依にはだいぶ拒否をされたが押し切った。 「見ーよーうーよー!!」 と、月曜の夜の電話で言いまくって勝ち取ったのだ。 「雨宮さん見ました?」 「いや、録画した。今日見る」 「あ、そうなんですね。竹内メイ、カッコいいっすよね〜!めちゃくちゃ女いそう」 今田が「いいなあ」と言いながらカップ麺をすする。 鷹夜はそんな言葉を聞き流しながらテレビを見つめて、画面の中にいる竹内メイの顔を確認した。 (芸能人オーラ、、) そう言うことか、と少し察した。 確かに画面の中にいる竹内メイは誰もが目を奪われる程に完璧で、少し生きた心地がしない。 付けいる隙がないような「良い男」「エロい顔」をしている。 (実際は問題ばっか起こすし、手繋いで寝たいとか言うけどな) 彼を知っていて親しい事については優越感があるにはある。 けれどそんなものよりも、鷹夜としては人間味のある格好悪い彼の方が可愛くて好きだな、と思えた。 「え、ライブするの?」 「違う違う!とりあえず、新曲だけ出してみない?ってことだよ〜!」 「ええ、、」 芸能プロダクション・株式会社黒田エンタテインメント代表取締役、黒田時久(くろだときひさ)は所属している事務所の俳優である竹内メイの不安と不満が入り混じって梅干しのようにクシャッとなってしまった顎をチラリと見た。 「社長、、俺まだ無理だよ絶対」 「大丈夫だよ〜!最近のメイってばノリノリじゃん!大丈夫大丈夫!な!」 黒田とはこう言う人間である。 45という年齢で社長をしており、茶髪に顎髭を生やして若作りしていつもグレーのスーツを身に纏っている。 そしてノリが軽い。 「いやだあ〜〜〜〜〜」 社長室の黒い革張りのソファの背もたれに項垂れて寄り掛かり、芽依はズルズルと長い脚を伸ばした。 ドラマが始まり、相変わらず撮影も好調。 鷹夜とも電話をしたり、今日この後には仕事が入っていない事から彼の家に遊びに行ったりと、割と充実し、安定した日常に戻った芽依は、持ちかけられたソロコンサートを先に据えた新曲発表の話しで完全に気分が急降下していた。 「メイ、テーブルズラさない〜」 「やあだぁあ〜〜中谷ぁあ〜〜」 ズズズズ、と伸ばした足先でラグの上の光沢のある黒いローテーブルを黒田の方へとずらしていく。 「私に言わないの」 「中谷ぁあ〜〜俺の女神〜〜」 「いつもはそんなこと言わないだろッ!」 隣に座っていた中谷に擦り寄ろうとした瞬間、バシン!と頭を叩かれる。 過度なボディタッチはすぐさま跳ね返す彼女らしい対応だった。 「いいじゃな〜い!新しい友達できたんでしょ?新曲発表して、ライブ呼んで、カッコいいとこ見せられるよ〜〜!」 「、、、カッコいいとこ」 「え!?それで揺らぐの!?アンタ大丈夫!?」 どうやら中谷からの報告で鷹夜の存在はバレているようだった。 向かいの1人掛けのソファに座っている黒田が両手を広げてニコニコとそう言うと、ついつい芽依は鷹夜の事を考えてしまった。 告白はした。 「好きになれる気はする」とも言ってくれている。 だとしたら、決定的なときめきを与えれば、彼の心も動くのではないのか、と。 (確かに、竹内メイのファンサ最高!とか、ライブで聞いた方が声が格好いいとか、BrightesTのときは色々好評だった) 彼が気掛かりなのは活動休止後に行ったソロライブだ。 完全なる失敗に終わったあのときの酷評は今でも頭の中にあり、何より1人で立ったステージの怖さは忘れていない。 (鷹夜くんにカッコいいって思ってほしい。ファンの皆んなにメイが戻ってきた!って思ってほしい。でも、、怖いもんは、怖いんだよなあ) 黙って天井を見つめている芽依を眺めてから、中谷と黒田は顔を見合わせて、黒田がコクン、と頷いた。 「メイ」 「ん、、はい」 ソファに座り直した芽依は、静かで低く穏やかな声に姿勢を正して前を向いた。 「焦らなくていいよ。そろそろやらないかって話しで、今すぐって訳じゃない。ジェンがいなくなって、まだまだメイの中で整理がついていないかもしれないのも、分かってる。だけどもし前に進みたいって思ってるなら、もう1回、自分を信じてみないか」 「、、、」 「1人で立って歩いていくなら」 (あ、) ふと、自分から鷹夜に言った言葉を思い出し、芽依は座ったまま自分の足を見つめた。 この両足で、立派に立って、歩いていく。 鷹夜と一緒にいたいならそうならないといけない。 誰かに優しくしたいなら、余裕を持っていた方がいいに決まっている。 「、、、社長、少しだけ考えさせて」 「うん。ゆっくりでいいよ」 黒田は最近の芽依の変わりようを中谷から聞いていたからこそこの話しを出した。 もともと強い子だと信じていたからこそ、もう一度歩き出せると背中を押そうとしているのだ。

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