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【おまけ番外編】乾杯の日
「アーベルってさあ、人気あるらしいね」
ワインを片手にテイラーがいった。
「は? 誰に? どこで?」
俺は不明瞭な声で聞き返した。つまみの肉巻きを頬張っていたからだ。新しい年がはじまって、師団の塔も仕事初めである。その夕刻、俺たちは例によって上司の部屋に酒瓶を持ちより、新年会を口実に飲んでいたところだった。
飲みはじめたのはほんの少し前のはずだ。しかし酒瓶はもうほとんど空である。毎度のことだがおかしいと思う。仕事が終わった後の酒はどうしてこんなに減るのが早いんだろう?
「そんなのいちいち教えちゃ野暮ってもんでしょ。とにかく、ファンがついてるって」とテイラーがいう。
「ファン?」
「別にいいじゃないか」
ルベーグが銀髪を揺らしていった。
「どうせアーベルは何も気にしない」
「そんなことはない!」あわてて口をはさんだので俺は咳きこみそうになった。「なんかわからないが――好かれるのは嬉しい。ありがたい。感謝もする! なんかわからないが、すごく嬉しい!」
「きみってそういうやつだよな」
テイラーはワインをぐびぐび飲み干したが、俺は首をかしげる。そういうやつって、どういうやつだ?
「あ、そうそう、アーベルの団長ももちろん、好かれてるよ?」
「テイラー、その『~の団長』ってやめろ。だいたいどこからそういう話を聞いてくるんだ」
俺は顔をしかめながら聞き返し、テイラーはのんびりと「そりゃ……」といいかけた。と、扉が前触れなしにぱっと開いた。
「おい、私の部屋で勝手に飲むな」
ローブをひらめかせてやってきたのは俺たちの上司、エミネイターだ。その後ろに肩幅の広い長身が続いている。
「アーベル、帰るぞ」
「クレーレ?」
俺は酒瓶をもちあげたまま首をのばし、そっちをみる。
「なんだよ、どうしてここに?」
「そこで偶然会ったから拾ってきた」とエミネイターがいった。「おまえたちのことだ、どうせここにいるだろうと思ったんだ」
「矛盾しています。勝手に飲むなといったくせに」とルベーグがいった。
「差し入れの追加を待っていたら遅くなるんで、先に新年会をはじめたんです」とテイラーがいった。
新年会をするなんて誰も、一言も話していないはずだが、こういうのを面の皮が厚いというのだ。俺は自分を棚にあげてそんなことを思った。ところがエミネイターは肩にひっかけた革袋をおろしたのである。
「ふん。そんなことだろうと思って持ってきた、差し入れだ」
さすが俺たちの上司! ごとんと置かれた酒瓶に俺たちはいっせいに拍手しようとした――が「アーベルは禁止らしいぞ」と続く言葉に俺だけが硬直する。
「え、なんで?」
エミネイターは腰を下ろし、クレーレの方へ顎をふった。
「今日はまともなうちに屋敷へ持って帰るというんでな」
「ひどい言い草じゃないか!」俺は即座に抗議した。
「クレーレ、今の俺はそこまで酔ってないし、毎度そんなに酔ってない」
クレーレは腕を組んだ。
「そんなことはない」
「何だって?」
ルベーグがニヤニヤ笑った。いつのまにか俺をのぞいた連中は――エミネイターも含めて――みんな新しい一杯をはじめようとしている。テイラーは居酒屋の亭主よろしくテーブルに杯を並べ、酒瓶の栓を抜いた。
「はいはい、そこの団長さんも、アーベルをかついで帰る前にどうです? せっかくだから乾杯しましょ」
「何に乾杯するんだ」
「新しい年にだよ。それにきみらのファンに」
なるほど、そういうことか。
俺は自分で思ったよりずっと酔っぱらっているらしい。あまりわけがわかっていないが、いそいそと杯を持つ。エミネイターもクレーレも、テイラーもルベーグも、いっせいに杯をあげる。
「愛のある世界に、乾杯」
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