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クリスマスのなにか
人ごみはあまり好きではない。
けれどこの、イルミネーションというやつだけは好きだった。
一瞬周りの目を気にしたが、どうせ俺の事など誰も見てはいないだろう。
本屋に寄った帰り、大通りを埋め尽くす電飾を見ながらそう考える。
恋人、とさすがに呼んでいいのだろう。同棲相手と一緒に見に行く予定は別に無かった。
クリスマスの予定も特に無い。
いつもの様に適当に家で本を読んで過ごすだけだ。
今までもそうだったし、一々こんな風にどう過ごすかを反芻することさえ無かった。
それがいいとか悪いとか、惨めだとかそういう話じゃなくて、そもそもほとんどのイベントに興味が無いのだ。
多分それは蘇芳も同じだろう。
だから、お互いクリスマスの話題なんぞ口にしたことが無い。
事実、ちょっと洒落たレストランに誘われたとしても、恐らく悩むことも無く断るだろうと思う。
まあ、向こうも忙しいだろう。わざわざ煩わせる様な話では無い。
そう判断する。
ただ、一枚スマートフォンでイルミネーションの写真を撮って共有ディレクトリに入れておいただけだ。
自分専用のネットワークストレージはとっくの昔にダウンロードしたアマチュア音源でいっぱいで、困った時は契約しときましたと軽く伝えられていた蘇芳のストレージにとりあえずファイルを突っ込んでおく事も多かった。
だから、その日帰ってきた蘇芳に「24日、少し遠出してイルミネーションを見に行きませんか?」と言われたときには驚いた。
別に、偶然24日なのかもしれないし、偶然どこかへ出かける気になったのかもしれない。
たった一枚の写真を蘇芳が見たから。そんな話じゃないのかもしれない。
「いかにも恋人向けの店で食事もとかは嫌だぞ。」
「そんな事する訳ないでしょう。」
蘇芳は、呆れたように返す。
俺と違って蘇芳は人の目をひくもんな、と思う。だから、かどうかは確認したことが無いが、必要以上の外出はあまり好まない様に見えた。
「じゃあ、行く。」
何がじゃあだと自分自身に突っ込みたい様な科白が口をついて出た。
それについて、蘇芳はそれ以上何もいう事は無かった。
◆
クリスマス当日。日中はお互い家でいつもと変わらない一日を過ごしていた。家事は昨日のうちに大体が済んでいたし、一日本を読んで過ごした。
昼に何を食べたか夕方に聞かれても一瞬思い出せない程度に普通の一日だった。
「そろそろ出ましょうか。」
蘇芳に言われ、コートを羽織る。
少しはましな恰好に着替えるべきなのかとも思ったがそもそも普段着以外の恰好は碌に持ち合わせてはいないのだ。
蘇芳もいつも通りの恰好だった。元の素材がいいのと服も恐らくそれなりの質のものなのだろう。俺の普段着とは全く意味の違うものではあるのだが、それでも余所行きの恰好では無かった。
電車で二人でライトアップイベントが行われている大通りのある駅へと向かう。
駅からでるとそこはすぐにイルミネーションが光り輝いていた。
青や白の光が、大通りの並木で光っていて綺麗だ。
丁度坂道になっていて、見下ろす大通りはかすかにぼやけて見える電球をぼんやりと眺めると少しだけ泣きたいみたいな気持ちになる。実際に泣きやしないのだが目を細める。
隣には上品なマフラーとコートを着て人目をひいている蘇芳の姿がある。
蘇芳も目を細めてキラキラと輝く電飾を眺めている。
白い光が彼の顔に写って、瞳にも映って、蘇芳のガラス玉みたいな瞳に反射して光っていてとても美しい。
「正直あまり興味が無かったのですが、たまにはこういうのもいいですね。」
蘇芳がそんな迂闊なことをいうこと自体珍しかった。
けれど、それを聞いて確信に変わる。
やはり、蘇芳はあの写真一枚で俺に合わせて今一緒にいてくれているのだろう。
「まあ、悪くないと思う。」
写真の話は元より、ありがとうとも伝えない。
けれど最近の蘇芳は、それでも優しげな視線をこちらによこすのだ。
この視線だけは多分これからもずっと慣れることは無い。
直視できなくて、視線をイルミネーションに戻した。
了
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