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チョコレートより
世の中の恋人向けのイベントというやつにそれほどの興味が無いのは、多分俺も蘇芳も一緒だ。
恋人と呼ばれる関係になって、クリスマスにチキンを食べた覚えもなければ正月も年末に実家に顔を出した以外は本に埋もれていた記憶しかない。
大学の長い春休みも本代をねん出するための最低限のバイトと、それから読書位しか予定は無いのだ。
だから、バレンタインの存在に気が付いたのはたまにやっているソシャゲのバレンタインイベントを見たからだった。
まあ、ないな。
すぐにそう思った。
けれど、高校の頃のバレンタインに紙袋から溢れそうになるチョコレートを持ち帰っていた蘇芳を思い出して、苛立ちともやるせなさとも違う妙な感じに襲われる。
自分には関係ないイベントだと昔から思っているし、今でもそう思っている。
別に俺が何もしなければ多分、2月14日って日は単なる普通の日になるのだろう。
それで1週間もすれば自分自身この良く分からない気持ちを思い出す事もない。
だから、それでこの話はお終い。
それが一番いいってことは分かっているのに、足が最寄りの駅の裏にある大型スーパーへと向かってしまう。
どれにしようか迷う、なんてことはする余裕もなく目についた茶色の箱を持って会計を済ませた。
帰り道、なんて自分は馬鹿なことをしようとしているのか。そんな気持ちになって頭を抱えたくなった。
◆
週の半分位は蘇芳と夕食をとる。
それ以外の日はどちらかが用事があるとか忙しいとかで各々勝手に食べる日だ。
だから、14日も各々別の日にならないだろうかと少しだけ期待した。
いなかったから渡せなかったという言い訳が一番自分の中でしっくりきそうな気がしたのだ。
世の中そんなにうまくはいかない事は知っている。
食事の後、ぼんやりとハードカバーの本に目を通している蘇芳に自室から持ってきた包みを差し出す。
ソファーに座った蘇芳は俺を見上げて、それから安っぽい包みのチョコレートを見て、とろける様な甘ったるい笑顔を浮かべた。
そんな顔をしてもらえるようなものを差し出した覚えはない。
「ありがとうございます。」
蘇芳はチョコレートを受け取ると、その甘ったるい表情のまま俺の腕を引っ張る。
半ば倒れ込む様に蘇芳の胸に飛び込む形となった俺の顔を自分の方に向けると蘇芳はの唇をそっと塞いだ。
そのキスは、多分俺が渡したチョコレートよりよっぽど甘いんだろうと漠然と思った。
「大切に食べますね。」
喜んでいる風に見える蘇芳を見て、もう少しマシなプレゼントにすればよかったなんて、まるで普通の恋人みたいなことを考えてしまった。
了
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