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もう一つの世界

「え……どこだよ……ここ」 気が付くと、俺は冷たいコンクリートの上で横たわっていた。 あまりにも突然のことで何が何だかさっぱり分からない。が、ずっと冷たいコンクリートと仲良くしているつもりも毛頭ない。とりあえず状況を把握するために俺は身体を起こした。 辺りを見渡すと、ここはどうやら高架下の様だ。時間を確認しようと腕時計を見ると23:30と表示されている。 俺はフラつく頭を押さえながらさっきまでの記憶を必死に手繰り寄せた。 「確か、俺は自宅の自分の部屋で友也とテレビを観てたはず、だよな……何で急にこんな所に……」 友也というのは俺の幼馴染で、互いの母親同士が昔から仲が良いこともあり、もう随分と長い付き合いだ。 その幼馴染である友也がいつものように俺の家にやって来て、いつものように俺の部屋で二人でテレビを観ながらダラダラしていた、はずだった。 「一体どうなってんだよ、これ……」 考え込んだところでどうしようもないのだが、あまりにも不可解な出来事に俺は確実に動揺していた。 「とりあえず、帰る、しかねーよな」 ここでじっとしていても埒が明かないと悟った俺は、とりあえず家を目指して歩き出すことにした。 高架下を抜けるとそこはいつもの見慣れた街だった。時間帯的に人の流れは疎らになっていた。 俺はまだ混乱している自分の脳みそと闘いながら、着実に帰路へと歩みを進める。 と、その時、ふと俺のズボンの後ろポケットから着信音が鳴り響いた。 「!」 俺は慌ててポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。 スマホのディスプレイには「友也」と表示されている。 着信に出ると、俺が言葉を発するよりも早く、友也が慌てた様子で喋りだした。 『明人!今どこにいるの!?無事!?迎えに行くから居場所を教えて!後、下手に動かずに俺が迎えに行くまで絶対にそこに居て!』 「は?ちょ、待っ」 普段穏やかな友也のあまりにも慌てた様子に、俺は驚き言葉を詰まらせる。 『いいから早く居場所を教えて!取り返しのつかないことになる前に!』 「え、いや……ああ、分かったよ」 何がどうなっているのかさっぱりだったが、友也の気迫に押された俺は溜息をつきながら辺りを見渡した後、現在地を告げる。 『分かった。10分以内には着くから、絶対にそこを動いちゃ駄目だよ!』 そう言うや否や、友也は早々に通話を切った。 正直何が起こっているのか、友也が何故あんなに慌てているのかもさっぱり分からないが、ここはあいつのいう事を聞いた方がいいと判断した俺は、大人しくここで待ちぼうける事にした。 友也を待つ間、時間を持て余している俺は、人気の少なくなってきた街の風景をぼんやりと見つめる。 そういえば今は何時なのかと腕時計を確認すると、時間はちょうど23:50を示した瞬間だった。 「あいつが電話を切ってから5分くらい、か」 そう言ってビルの壁に背を預けたその時、手に持ったままだったスマホが再び着信を告げた。 「!びっ…くりさせんなよ!」 いつの間にか気が緩んでいた俺は、再び鳴り響いた着信音に驚きながらも通話ボタンを押した。 発信元は案の定、友也だった。 「おい、今度は何なん…」 『もしもし明人!?やっと繋がった!全然つながらないからどうしようと』 「は?待て待て、何言ってんだよ。お前、5分前に話したばっかだろが。つーか、お前が迎えに行くから動かずそこで待ってろって言うから、俺はこうして大人しく待ってんだろうが」 こいつ大丈夫なのかと、俺は半ば呆れ笑いを漏らしながら答える。 しかし、俺のその言葉を聞いた次の瞬間、電話の向こうの友也は何故か震える声で俺にこう告げた。 『……逃げて、明人。今すぐ!!そこから逃げて!早く!!』 捲し立てる様にそう告げる友也の言葉に、俺の頭は再び混乱し始める。 一体何がどうなっているのか、友也は何を言っているのか、俺にどうしろというのか、俺はどうするべきなのか。 状況が把握できないまま混乱していると、突然背後に気配を感じた。 『──!明─、──て!!』 電話の向こう側で友也が何かを叫んでいる。しかし、その時俺はすぐ後ろに居る「誰か」の気配に完全に気を取られていた。 誰か……居る。 なのに、何故か動けない。 振り向くことが、出来ない。 背後の気配に意識を集中させると、俺の頭の後ろで甘い吐息が聞こえる。 そして俺は多分、この気配を前から知っている。 そんなことを考えている内に、俺の手の中にあったスマホはいつの間にか、背後の者の手によってするりと抜き取られていた。 そしてそいつは、どこか聞き覚えのある様でない、甘く重々しい声で、背後から静かに俺を抱きしめながら耳元で囁いた。 「オ待タセ……迎えに来タヨ。さあ、帰ろう、オレと明人だけが居ル世界ニ……」 時刻は00:00を告げていた。

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